この本が面白かったのは、4つの事故調査報告書の分析ではなく著者・塩谷喜雄氏の独自の分析だった。
福島第一原発には、JRのようなリアルタイム防災のシステムはあったのだろうか。事故調報告には一切書かれていないので、多分存在しなかったと思われる。(P199)
この本によればリアルタイム防災とは、新幹線に導入されている地震の早期警戒情報システムのこと。「ユレダス」という名前もつけられたシステムで、大地震が発生したら最初に震源から発せられるP波と呼ぶ進行速度が速い第一波を捉え、遅れて次にやってくる本震(第2波=S波)の大きさを予測し、走行中の車両を素早く停める、というものだ。
恥ずかしながらまったくこのことは考えもしなかった。福島第一原発は津波の前の地震で機能不全に陥ったと思っていたが、「ユレダス」のようなシステムがどうして導入されていないのか、ということはまったく思いもよらないことだった。著者によれば、原発の再稼働に関する構造の問題にはどの報告書も触れていないという。
日本の原発に共通する構造問題についての評価や解析は、すぐに既存原発の再稼働問題と結びつく。それゆえかどうかは知らないが、4事故調とも、その辺についての言及はない。再稼働問題にかかわるのを避けた、という構図かもしれない。(P178)
名だたる有識者が寄ってたかって作成した事故調査報告書でも、日本の将来に関わりそうな評価は避けたのか。それとも私のように知識不足で「ユレダス」のような防災システムを持つことについての是非は思いつかなかったのだろうか。事故の責任はどこにあるのかを明示できても、そこまでが報告書の限界ということかもしれない。
今大事なのは稼働を停止している原発を再稼働するのか、それとも廃炉するのか。すべてはここに関わってくる。ものを書く人間は直接はかかわれないけれども、未来を提示できる文章を書かなければ意味がないんじゃないか。ことは数十年後、いや数万年後に関わってくることなのだ。
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蛇足ながら、4事故調の特徴について。
国会事故調(3ツ星半)―東京電力福島原子力発電所事故調査委員会
国民が求めていたのはパフォーマンスではなく、確かな学識と見識ではなかったか。それを封じて、後にその根拠が疑われる、首相と官邸の批判に走り、結果として東電の責任逃れに手を貸した。
政府事故調(3ツ星)―東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会
詳細に事故の経過を追い、そのシーケンスを明らかにした点では傑出している。だが、責任の所在に触れないように配慮した結果が、これらのどこかで他人事のような一般論なのかもしれない。
民間事故調(3ツ星)―福島原発事故独立委員会
委員のほとんどが米国留学、米国駐在の会見を持つ。それを理由に妥当性を疑うつもりはないが、委員のコメントが並ぶ巻末、東電の事業者責任にはほとんど触れず、『政府が悪い』の大合唱はいささか異様だ。
東電事故調(●1ツ)―福島原子力事故調査委員会
東電事故調は、事件の第一容疑者が証拠を自分で管理したまま調査してみせるという、奇怪極まりない存在、報告書に書かれた大量のデータは、東電に落ち度はない、と言い訳する材料としてのみ提出されている。
※ 調査委員会の後に記入されている星は、著者がミシュラン風にならってつけた評価。評価した文章は、書籍の帯に書かれていたものを転記している。