こんにちは

決して
ポテチ反対運動ではありません。
最近私は、
ボディーメンテナンストレーナー
ともみさんの
https://www.instagram.com/tomozo_yoga_maintenance?utm_source=ig_web_button_share_sheet&igsh=ZDNlZDc0MzIxNw==
トレーニング、・歪みのリリースなど
オンラインクラスを受講中。
あまりにも運動しなさすぎて
体は硬いし、
皮下脂肪がどっさりなので
毎度ヒーヒー言うし、
できなさすぎてもはや笑っちゃう。
(声もでるし、あちこちガックガク笑)
そんなこんなで体のメンテナンスを
定期的に行うようにしてるんだけど、
ある日
「瞑想が大事なんです」
と伝えられ
「えー苦手!!」![]()
と思ったんだよね。
瞑想って目つぶってチーン、
薄め開けてボーっとするやつでしょ〜
退屈になっちゃうんだよな〜
なんて思ってたけど、
いざ教えてもらうと
思ってたのと違う。
1日のうちにタイマーを何度かかけて
やるように意識すると、
『トランス瞑想』というのを
どうやら習得した。
(感覚のことだから、
”コレ”ができたら
”できてる”ってことでもなくて
なんとか言語化して
”できてそう”って感じ)
んで瞑想をやるたびに私、
現実真逆のことしてるなと
感じてて笑
トランス瞑想って
どういうもんかっていうのは、
私じゃ伝えられないんだけど
私が感じたのは、
『在りたい自分』より
『適当でもなれる自分』になってた
ってこと。
例えば、
おやつ食べたいと思いましたら
梨を食べることの方が
「欲しい」「在りたい」ことなのに、
剥くのも片付けもめんどくさい。
だから子供のポテチを開けて
無心で口に入れるみたいな。
それでとりあえずは
満たした気になってるわけ。
ほんで
あちらの世界に行くと、
(トランスに入ると)
梨を剥いてる手元の感触、
口の中が美味しいと感じる
みずみずしさが見えるし感じるのに
現実目を開けると…
ポテチを食べ切って
若干脂と塩が拭えてない指先と
塩辛くて乾いた口のなか、
カラになったポテチの袋が置いてある…
みたいな。
そらそうなんよ。
でもね、
それが気持ち悪いのなんの笑
瞑想って結局妄想。
でもすごく違和感を感じるの。
見てた妄想と
現実のギャップに。
「そうで在りたい姿を見て
リアルなはずなのに
なんか思ってたのと現実が違う」
みたいなさ、
あべこべなんよ。
妄想のほうが一致してるわけ。
当たり前やん、
だって私の在りたい姿を
見てる。
私の本当に欲しいものを
見てる。
それを得てる体感すらある。
ないのは?
目の前の現実だけ笑
なんかこんなん書いてると
頭おかしいんちゃうかってなるけど、
ほんまにそうでさ。
つまりはつまり
本当にやりたいこと
本当に欲しいもの
本当の自分
『と』
実際にやってること
実際に誤魔化してること
実際の自分
『と』の部分で相当不一致を
起こしてるってことなんよね。
たかが梨だのポテチだのって
話じゃなくて、
実はたくさんのことを
『誤魔化してる』って気づく。
ぬぅ…
そろそろ
気持ち悪く感じるので
そこ合わせていかないといけない。
これは自分にとって
やらなければならないこと笑
自分のためのミッション。
感度を取り戻すって
すごく大事なことやね。
私はすぐに
頭を使わないように
抜いたらあかんとこで手を抜くか、
頭を使って辻褄を
無理やり合わせようとする。
そのためにも
ノートは必須アイテムやし、
トランス瞑想も習得したので
『と』を一致させていきたい。
適当でもなれる自分には
もう飽きてるんよ。
誤魔化す自分はもう
うんざりなんだ。
自分に忠実にやってこ。









