神仏様から感応して頂くようになった、初めの頃
半信半疑の重要性について
これでもか〜というぐらい、説かれました
何事も半信半疑で臨み
判断することが大切
神仏様から感応して頂いてる内容も
常に半信半疑で、疑いの心も持って
内容の真偽や筋を検証することが大切
メッセージをくれてる相手
感応してくれてる神仏様
それは本当に神仏様なのか
それは本当に神仏様からのメッセージなのか
そもそも感応なのか
というのも、つど疑え
正直、これには驚きました
そして、戸惑いましたね
どうしろっちゅうねん、と
神仏様からのメッセージが来てるなんて
非日常で不思議なことなんて
どうしたら検証できるねん
そもそも、検証って?!
自分の気の所為にしてしまうのも違うらしい
確かに自分の気の所為じゃないことも
世の中に溢れている
実際に起きてること
本当とは
事実とは
かなりの期間、悩みました
ジタバタ試行錯誤の期間は長く
未熟者ですから、今も継続中ですが💦
困惑してる時期は
いっそ神仏様からの感応はない方が
人生、ラクなんじゃね?と
そう思うことも、たびたび
でも、そこは不思議なもので
だんだん
つど確認してくしかないな
つど検証するしかないな
経験を積むしかないな
という過程を経て
だんだん
落ち着きました
その困惑してた時期に
神仏様から指摘されたのが
半信半疑は疑うだけではない
ということでした
もう半分の何を信じるのか?
については、考えたことがあるか?
この指摘には、目からウロコの衝撃でした🤗
人は信じたい情報を信じようとする
だけど
全て自分の信じたい情報を手掛かりとしたら?
偏ってしまう
視野も狭くなる
狭量
偏見
自分は何を信じるのか?
何を信じているのか?
どういったことを信じたいと思っているのか?
もしかして
信じたいナニカがあって
それに向けて疑ったり
検証してるだけに過ぎないのでは?
そういう色んな別の視点からの検証が入ることで
さらに検証の幅が広がっていく
自分には意志が、意思がある
という、ごくごく当たり前のことも
再認識した時期でもありました
別の視点から見ること
一方ではなく八方
自分自身の心は今、どのような状態なのか
半信半疑という一言に
これだけたくさんの意味があるとは
という驚きも隠せなかった
貴重な学びのひとつでした
徒然なるまま、半信半疑について綴りました✨
それでは、また🤗