京都議定書関係で、2002年の日経エコロジーを読んでみました。少し前の記事が、現在どのような結果になっているか確かめるためです。
当時はとにかくCO2を削減することがとても偉いことで、国内で炭酸ガスを出さなければ、排出量を抑えたことになるのが「えらい」という論調でした。
しかし海外で製造した製品にあふれた日本の国土、日本の企業が海外の工場で生産することで、基準をクリアするというのは、明らかに狂っていませんか。
ではもっと海外でも排出を抑えればよいのかと言えば、そのための特別な装置のために、莫大な量の資源を使っているかもしれませんよ。
これは多分、前時代の会計法のような発想なんでしょうね。
ほんの目の前だけのコスト計算に縛られている。
それに、日本列島から出た炭酸ガスは、次第に太平洋に降下し、水面に触れると、だんだんと水中に吸収されているはずです。
どうやら本当に注目しなければならないポイントは、見えないところにあるようです。
リサイクルにしても、方法と基本的な考え方が間違っているようですから、また勉強してみようと思います。
リサイクル教の教義と、環境に迫られるリサイクルの科学とは、かなりの開きがあるようです。
当時はとにかくCO2を削減することがとても偉いことで、国内で炭酸ガスを出さなければ、排出量を抑えたことになるのが「えらい」という論調でした。
しかし海外で製造した製品にあふれた日本の国土、日本の企業が海外の工場で生産することで、基準をクリアするというのは、明らかに狂っていませんか。
ではもっと海外でも排出を抑えればよいのかと言えば、そのための特別な装置のために、莫大な量の資源を使っているかもしれませんよ。
これは多分、前時代の会計法のような発想なんでしょうね。
ほんの目の前だけのコスト計算に縛られている。
それに、日本列島から出た炭酸ガスは、次第に太平洋に降下し、水面に触れると、だんだんと水中に吸収されているはずです。
どうやら本当に注目しなければならないポイントは、見えないところにあるようです。
リサイクルにしても、方法と基本的な考え方が間違っているようですから、また勉強してみようと思います。
リサイクル教の教義と、環境に迫られるリサイクルの科学とは、かなりの開きがあるようです。