カキノコソウ。 | 葉子の【戯れ言ノ葉】

カキノコソウ。

とはいえ。


ブログに綴るにはどうしたらよいものか……。

でも、私自身の記憶ツールでもあるので、

引き金になりそうなことだけ書かせてください。



ここ数日間、気持ちが怒涛でした。


突然すぎるお別れがあったからです。


周りに比べると、まあまあ、私は、

身近だったりご縁のある方をお見送りする機会は

そこそこ経験を積んでいたようです。

高校生の時の、予期せぬGWもやっぱり忘れないし、

あの時は写真しか見ていないから、今でもひょっこり会える気も

しなくもないのです。



今回もそうですね、何の前触れもなく普通にまた数日後ってバイバイして、

突然でした。

高校生と先生ほど歳も離れていない、34歳という若さで、という現実が初めて……だったかな。


最近は用事もあって、とても頻繁にお逢いしておりました。

それがいいのかわるいのか、

あっさり思い出せる笑顔や楽しい小話の様な思い出がぽぽぽんと出てきます。


区切りのいいものもあったし、すぐ次回に必要な要素も、長くこれからってこともありました。



突然、ということは3.11の時に嫌というほど実感したはずでした。

ずっと、と、ゼッタイ、は願うけれど、それこそ絶対ではなくて、

それは自分や本人の意思や意志とも関係なく…。


毎日は特別の繰り返しで、日常ほど素敵で有難いことはないと。



だけれども、やっぱり、できるなら覚悟の期間は欲しいものです。

そんな、大人ならではの妙な試練とか残さなくてよいのですよ。。。

そういえば、高校生の時は引きずりまくっていました。

信じられなくて、あらゆる授業に影響を及ぼしていた……若さゆえに許されたのね。

今ならわかります。大人ってどんな立場でも大変だ。



それでも甘えさせてくれる人と時間があって、

一緒に戦ってくれる人がいて機会があって、

支えてくれる人がいる、という幸せな状態でした。



しっかりゆるぎない現実を見て、存分に惜しんで。

しっかり切り替えているわけではないのだろうけど、

なんだか見送ったら少し落ち着きました。


見送ったら、それはもう思えばいつでも近くにいて

それはそれでさみしいことではない。

遺された人は辛かったり、物理的にも大変だったりするし、

行動や言葉で教えを乞うことは当然できないのだけれど、

そこはあの方も仰っていた、私の中のファンタジー脳に支えられているのだろうな(苦笑)。


何よりも、周りの人のいろんな姿・姿勢が今回の私を支えてくれている。


今はまだくっきりはっきり見える映像も、

残念ながら薄れていくのだろうと知っている。

状況は違えど、直前に一緒に作業をしたり話していた内容はまさにそれだったから。


笑顔のひとつぐらい、それこそずーっと忘れたくないな、と思うのだけど。

手元に写真の一枚もないのだし。

写真の代わりに、音があるのだけれど。

……音。

慈しむ音、ですって。

らしいなぁ。


とてもお世話になりました。

いえ、きっとなりっぱなしです(笑)。

頂いた音がありますから。


ここに書くより前に、想った瞬間に届いていると思うので

繰り返しだったり、しつこいような気もするけれど、

この記事をまとめるならば、ありがとうございました、なのです。



2013年8月22日のライブ、楽しく歌いたい歌を歌いますね。



☆ハコ☆