入塾テスト不合格の結果を受けて、退散しようとする私たち親子に、校舎長の先生が声をかけてくれました。
「何度も落ちて入る子もいます。諦めずにまた受けにきてね」
S君は頷きました。
その横で私は、もう来ないだろうなぁとぼんやり思っていました。
私は傷ついていました。
でも傷ついている事を、S君に悟られないよう必死でした。
S君はとても親の感情に敏感で、顔色を伺う子です。
それは勿論、私の過去の言動のせいでした。
保育園のお遊戯会で、1人踊らず棒立ちのS君。
幼稚園のプレで、1人ハサミを持たず、ぼんやりしてるS君。
習い事で、1人指示を聞かず、逆走するS君。
その度に私はえも言われぬ苛立ちと焦燥感でS君を責めました。
「どうしてやらないの」
「なんで出来ないの」
「人の話を聞きなさいって言ったでしょう!」
S君はその度に泣いて、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りました。
今なら分かります。
S君は「やらない」のではなく、「出来なかった」のです。
でも当時はそれがどうしても飲み込めず、他の子とS君を比べて、その苛立ちをS君にぶつけました。
手当たり次第に、発達障害、グレーゾーン、自閉症、躾に関する本を読みました。
当てはまるところを見つけて納得したり、当てはまらないところを見つけて安心したり。
一喜一憂しながら、この子をなんとか「普通」にもって行かなければならないと必死でした。
習い事もたくさんさせました。
幼児教室・水泳・体操教室・公文、良いと言われることを手当たり次第にやりました。
普通のクラスだけだとついて行けないので、個人指導にも沢山お金を使いました。
全部、自分が安心するためでした。
S君は私の顔色を伺う子に育ちました。
今はとても後悔しています。
私とS君は違う人間で、個性を尊重しなければならい事。
S君の人生の主役はS君であり、私はサポーターである事。
もっと早くに気づくべきでした。