きのうの おはなしの
つづきをするね
ある日 ペーターは
湖で美しい白鳥をみつけました
そこの湖はハンターでさえも
めったに足を踏み入れないような
奥まった場所にある湖
水があまりにも冷たく澄んでいて
太陽も雲も月も星も
空にあるものすべて
ありのままに
そこに映し出されてるの
初めて湖を見た人なら
きっと だれでも
そこに
もうひとつの空があるって
錯覚すると思うわ
白鳥は
ぴんと首を伸ばして
前だけを見つめていました
真っ白い羽には汚れひとつ
なくて
水面には
わずかな飛沫さえありません
ペーターは
そっと水辺に近づいて
小鳥の鳴き真似をしてみましたが
白鳥は一瞥もくれず
ただ
自由に水面を泳ぐばかりです
それから毎朝
ペーターは湖に通いました
そうです
朝露に光る
白い羽の美しさに
すっかり心を
奪われてしまったのです
ペーターは白鳥を
怖がらせないように慎重に
振舞いました
音のしない
軟らかい土の上を選んで
歩き
最初のうちは
草むらに隠れて様子を見ながら
少しづつ
姿を現すようにしました
白鳥を振り向かせるために
手を叩いたり
ましてや
石を投げたりするようなことは
しません
沈黙のうちに姿だけを
目で追っていました
何日かすると
少しづつ白鳥はペーターの存在を
認めるようになりました
冷たい
無視の期間は去り
許容の時が訪れたのです
白鳥はペーターを
見つけると
羽を一度だけぶるわせるか
くちばしで水面を弾くか
なにか
小さな合図を送るようになりました
学校も音楽も知らずに
生きてきたペーターにとっては
白鳥の羽ばたきが
音楽であり
湖面に広がる波紋が絵画でした
くちばしは
彫刻であり
瞳は
宝石だったのです
どうすれば
白鳥ともっと
仲良くなれるだろう?
そうだ
自分の一番大切なものを
捧げればいいのだ と
ペーターは気づきました
その朝 彼は
湖に出かける前 あの
配達人からもらったキャンディ
仕事を終えた後の
毎晩の楽しみにしてる
あの
大切に口で溶かしてる
あの
キャンディをポケットに
忍ばせました
「つまらないものですが…」
ペーターはおずおずと
ポケットから
キャンディを一粒
取り出して掌のせて
白鳥へ差し出しました
白鳥の
白いからだに
色とりどりのキャンディは
よく似合っています
白鳥は少し迷うように
くちばしの先でそれをつつきました
一度ペーターを見上げてから
くちばしではさんで
首をしなだらせ
キャンディを飲み込みました
キャンディが
白鳥の喉を落ちてゆく
わずかな
気配が伝わってきました
ペーターは唯一の夜の楽しみを
捨てました
白鳥との朝の時間に比べたら
そんなものは
捨ててしまっても
少しも
惜しくありませんでした
配達人が置いてゆくキャンディは
全部とっておいて
白鳥にプレゼントしました
一日一粒が二粒になって
六粒になり
十二粒になりました
とうとう
片手には乗り切らなくなり
両手いっぱいのキャンディが
差し出されるようになりました
何粒になろうと
白鳥は一粒ずつくちばしに挟んで
飲み込みました
「さぁ、どうぞ さぁ、どうぞ」
色とりどりのキャンディが
白い羽の中に消えていきました
ペーターは幸せでした
ある朝 いつものように
キャンディで
膨らんだポケットを押さえつつ
湖に来てみると
白鳥の姿はありませんでした
白鳥はキャンディの重みで
湖の底に沈み
一滴の雫になっていました
ペーターはまた
ひとりぼっちになりました
これで「愛されすぎた白鳥」
の
お話しは おしまいです
そして * そして
𝕪𝕦𝕒 Only lonely