こんかいの おはなしはネ…
西の果てに
大きな森がありました
一度 迷いこんだら
二度と出ては これないほどに
深い森でした
梢はどこまでも高くて
茂った葉は
太陽の光をさえぎり
地面はいつも じっとり湿り
夜になると
あたり一面が闇に塗りこめられて
動物たちの光る瞳のほかは
なにも見えなくなるの
森の入り口には
小屋がぽつんとあって
ひとりの番人が暮らしていました
お父さんも
そのまたお父さんもまた番人で
森の外では
一度も暮らしたことのない
一族でした
番人の名前はペーター
たくましくて力持ちのペーター
は
嵐で倒れた巨木を持ち上げたり
密猟者を捕らえて縛り上げることも
らくらくとできました
貧しい農民の少女には
秘密のキノコが群生する場所を
教えてあげたり
狼に襲われて傷ついた小鹿を見つけると
なん日も寝ないで
看病をしてあげました
でも ペーターは
お母さんの面影を知らず
学校も知らず
友情も知りません
書物とも楽器とも旅とも
無縁でした
兄弟も恋人もいませんでした
多くのことを知らないまま
年をとっていったのです
ただ定期的に
食料品を運んでくる配達人が
町の
噂や事件を話してくれます
ペーターにとって町のできごとは
どれも ぼやけた
夢物語みたいな気分でした
うんうん と相槌を打ち
空っぽになったカップに
コーヒーを継ぎ足すペーターの
おもてなしに
満足感でいっぱいになる配達人
毎回 話し終えると
テーブルに
キャンディをいくつか置きます
それが
〝そろそろ帰ります“の合図
次に配達人が来る日まで
ペーターはそのキャンディを
毎日ひとつづつ
大切に口の中で溶かします
今日は これで おしまい。
🦢
たいせつなこと わすれたくないこと
幸せって
他人に埋めてもらっても
そのときは
幸せになったような気分になるけれど
それはいっときにすぎなくて。
またすぐに足りなくなって
もっと、もっとって
渇望の沼に陥るだけで
結局、自分で埋めないことには
本当の幸福感は
味わえないんだ。