夢枕 母との別れ
「懐かしき 人待つ黄泉の路なれば 心安らかに 喜びて逝かむ」。
辞世の歌とともに母は旅立った。
三ヶ月余りにわたる闘病生活からようやく解放されたその顔は、安らかで笑みが浮かんでいるように見えた。
子、孫、ひ孫、甥、姪だけでなく、絵手紙や折り紙で交流があった方々もお別れにみえられた。
私たちが十分には知らなかった生前の母の豊かで味わい深い生活が浮かび上がり、心のこもった忘れが難い別れとなった。
「人は生きたように死んでいく」とよく言われる。延命治療を自らの強い意志で断り、老木がやがて土にかえっていくような穏やかなその死は、私たちに多くのことを教えてくれた。
母との思い出は私たちの心の中に生き続け、つらい時は私たちの心を温め、励まし、慢心の時は私たちを叱り、支えてくれるだろう。
死の床で眠る母の隣で、私は夢をみた。
母は勢いよく立ち上がり、服を整えてこちらを振り向くと「バイバイ」と元気よく言って、クルリと向きを変えて歩き出した。
目覚めた私は、懐かしき人たちが待つあの世に歩き出した母に向かって、心の中で大きく手を振ったのだった。
朝日新聞、男のひととき、
中学校教員、男性、59歳。
おこがましくも、おこがましくも、
かくありたいと思う。
残された者の夢の中で、
私もかくありたいと思う。
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