「あの日から続いた今を考える」

以前、劇作家の友人とあることで話したことを思い出した。
戦後50年メモリアルパークの設立の計画を手伝ってくれないかという依頼があったのだが、断ったという。
私はなぜかと質問した。
すると、彼は、50年だから、60年だからという問題ではなく、ずっと考えなければならない問題で、メモリアルとかそういう関わりではなく、
その問題に携わってゆきたいと答えた。
私はなぜか、腑に落ちなかったが、そうなのかもしれないと20年経って納得した。
東日本大震災から5年。
この5年という月日の重みが、私たち被災してない者と、実際に被災した人たちと大きくかけ離れていることを強く感じる。
あの日、あの時、日本中の人たちが、色々なことを考えた。自然について、電力について、そして日本という国について。けれど、時間が経つにつれ、メモリアルの時期以外 
メディアの情報は乏しく、人々が今どんな想いで生きているのかを知ることさえ少なくなった。
高齢者だけが残っている仮設住宅。そこでの孤独死。田んぼや畑を耕して、作物を作ることを楽しみに生きてきた人たちは、今は何を生きがいにしているのだろう。
隣近所の人たちと家族のように暮らしてきたのに、バラバラになった人たちは、今、誰と笑いあっているのだろう。
経済力のある人、ない人。助けてくれる家族がいる人、いない人。さまざまな人の人生を想うと胸が痛む。
福島で被爆した森や畑。
誰もいなくなった土地で歩き回るたくさんの野生の動物たち。
その一方で、東京ではオリンピックの準備が着々と(でもなさそうだが)進められている。
除染作業で必死になっている人たち。その一方で再稼働した原発。(高浜は運転差し止めになったが)。
この国は、一体どこへ向かおうとしているのか。
漠然としか考えられない自分自身にも歯がゆさを感じる。あの日から続いた「今」が5年という月日を作り出した。亡くなった1万5894人の方に祈りを捧げ、これからも被災地の、そして日本の「今」を考えてゆきたいと思う。

    大竹しのぶ。

                       朝日新聞から。