ベビ待ちきろく〜PCOSでも妊娠したい〜 -5ページ目

ベビ待ちきろく〜PCOSでも妊娠したい〜

交際歴8年を経て、現在結婚2年目!
赤ちゃんが欲しいと思い、産婦人科を受診したところ、多嚢胞性卵巣症候群と診断を受ける・・
不妊治療を受け、3周期目で運良く妊娠できたものの、10週で稽留流産・・
再び赤ちゃんに出会えるよう、不妊治療再開です。

前回からの続きです。
妊娠~稽留流産まで

妊娠検査薬が陽性になってからは、全て順調でした。
出血も腹痛もありませんでした。
排卵日からの算出で、5wで胎嚢確認、6wで心拍確認、お腹の赤ちゃんは順調に成長していました。
一方の私は、6w入った頃からつわりがひどく、飲食が全く出来なくなってしまい、点滴を打ってもらおうと受診したところ、そのまま入院🏥
約1ヶ月入院していました。
流産の不安もありましたが、つわりがひどかったので、赤ちゃんも元気なのだろうと思い込んでいました。

9w6d、いつものように超音波検査をしたところ、先生の暗い声が。
「残念だけど・・赤ちゃんの心臓が止まっている」
その時、私は全てを失った気がしました。
つわりがどれだけ辛くても、赤ちゃんがいてくれてる証だから、頑張れた。
私はお腹の赤ちゃんのためなら、何でも受け入れるし、何でもしたいって思っていたのに。
その赤ちゃんがいなくなってしまったら、私はこれから何を生き甲斐に生きて行けばいいの・・?
放心状態の私に畳み掛けるように、先生は「辛いと思うけど、身体のためにも手術をできるだけ早く受けた方がいい。日にちを決めましょう」と言いました。
不妊治療専門病院だから、先生にとってはよくあることかもしれないし、少しでも早く、不妊治療再開して前を向けるようにという配慮かもしれない。
でも、流産の兆候が今まで何もなかった私は、赤ちゃんの死を受け入れることができていない。
お腹の赤ちゃんは週数どおり大きくなっていたのに、もしかしたら生きてるかもしれないのに、どうしてお腹の中から出さなきゃいけないの?
まだ外に出て生きられる大きさじゃないのに。
赤ちゃんもお腹から出たくないから、流れ出てくる訳でもなく、お腹の中に居続けているんじゃないの?

頭の中が真っ白になりながらも、早く病室に戻りたかった私は、掻爬手術を次の日に決めました。
その夜、お腹の赤ちゃんを家に帰してあげたいと思い、退院して久々に家族3人で一晩過ごしました。
全く眠れませんでした。
寝てしまったら、赤ちゃんとのお別れが来てしまうから・・

手術当日、やっぱりお腹の赤ちゃんとのお別れができず手術をキャンセル。
赤ちゃんを出産予定だった別の産婦人科を受診して、みてもらいました。
ここの先生なら、赤ちゃんの心臓の動きを見つけてくれるかもしれないーーーと淡い期待を抱きながら。

「残念だけど、赤ちゃんの心臓は止まっていることに間違いはない」

期待していた言葉とは、違うものでした。
ただ、その先生は色々な角度から赤ちゃんをみてくれて、
「赤ちゃんの大きさに対して、首の後ろの皮膚が厚いので、赤ちゃん自体の染色体異常だったんじゃないかな。お父さんお母さんに何か問題があって起こったことじゃないと思うから、次は絶対大丈夫」

赤ちゃんとのお別れが確定したことは悲しかったけど、赤ちゃんの死の原因まで考えて伝えてくれたことで、先生の言葉は私の中にスーっと入ってきました。
赤ちゃんはまだまだお腹から出てくる気配は無かったので、5日後に、出産予定だったその病院で掻爬手術を受けることにしました。
手術までの日々、ずっとお腹の赤ちゃんに話しかけていました。
最初は謝ることしかできませんでした。
産んであげられなくてごめんね
何もしてあげられなくてごめんね
お腹の中で苦しんでいたかもしれないのに、気付いてあげられなくてごめんね
・・感謝の気持ちを伝えなきゃいけないのに、なかなか伝えられませんでした。
手術前日、私をママにしてくれてありがとう
私たちのところに来てくれてありがとう
やっと言えました。

手術は無事に終わり、術後の経過も良く、全て終わりました。
空っぽになったお腹を触っては、泣いてばかりで。
今回のことは仕方なかったんだと頭ではわかっていても、心がついていかず。
流産した事実を知った日から2ヶ月間、不眠症となりました。

3ヶ月目の今、ようやく睡眠薬無しでも眠れるようになりました。
やっと、本当の意味で流産を乗り越えられたのかなと思います。

今ら私の小指にはエメラルドのピンキーリングが。
赤ちゃんの予定日は5月でした。
5月の誕生石のエメラルドをあしらったピンキーリングを身につけています。
産んであげられなかったけど、いつも一緒にいられるように。

また赤ちゃんに来てもらえるように、不妊治療を再開しました。
次回以降は、不妊治療のきろくとなります。