こんにちは![]()
ぽけこカエル♧です
ケロッ♥
続け様に起こる、大きな地震。そして台風。
地球がくしゃみをしてるのかな🌍
被害がないことを祈りつつ、
日々を過ごしています。
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東日本大震災を忘れない
鹿沼市
ひまわりまつり
今年も、ひまわりの種まきボランティアに参加🌻
昨日は裸足で畑に入って。(長靴忘れたw)
もしも
地球の中に
溢れ出ようとしているエネルギーが
溜まっているのなら
この種から芽吹くひまわりに形を変えて
放出してくれますように…
そんな祈りを込めてみました![]()
さてさて。話は変わりますが。
わたしには、祖父の記憶がありません。
わたしが産まれる前に、父方も母方も、
二人とも戦争で亡くなっていたからです。
仏壇の写真立ての中の色褪せた写真。
記憶にあるのはそれだけ。
五人姉妹の次女だったわたしは、
10歳の時、母の旧姓の苗字を名乗ることになりました。(戸籍も変わりました)
母の父親は、戦争中、上海の病院で亡くなりました。
当時産まれたばかりだった母は、自分の父親の記憶がありません。
一人っ子の母は、結婚後も父親の仏壇と御位牌を守っていました。
将来その仏壇を継がせる為に、次女のわたしの苗字を母方のものに変えたそうです。
家族の中でわたしだけが、違う苗字。
変な感じではあったものの、
母方のおじいちゃんのことは、
わたしが引き継がなくちゃと思って生きてきました。
お盆やお彼岸など、
ふとした時によく母は口にしていました。
いつか靖国神社を参拝したい
戦没者の遺族には、靖国神社の特別参拝券が配られていて。
母は長年、大切にその券を持っていました。
愛媛で生まれ育ち、奈良に住んでいると、
靖国神社は遠い遠いイメージがあって。
いつか行けたらいいね〜なんて、話しながら。
具体的な計画を立てることはありませんでした。
そんなこんなで月日は流れ…
何の因果か、わたしは北関東に住むことになり。
数回、東京にも行ったりして。
帰省するたび、母も歳をとったなぁと感じ。
今しかないと思いたったのが、
戦後80年の去年のこと。
思い切って母に、一緒に靖国神社に行こうと提案してみました。
杖をついている母に、ひとりで東京まで来させるのは酷…ではありますが。
新幹線を手配して、東京駅で待ち合わせ。
東京駅を撮影するゴッドマザーK子😆
お天気は生憎の雨でしたが、
昔、父と東京に来たことがあると言って、
母は少しはしゃいでおりました![]()
そのまま地下鉄で、九段下へ行き。
靖国神社へ。
杖をついて、傘を差して歩くのは大変ですが、
何とか頑張ってくれました![]()
昇殿参拝の受付へ行き、
色褪せて古くなった参拝券をお渡ししました。
(念の為、前もって電話をして、参拝券はまだ有効なのか確認していました)
よくお参りくださいました。
と、受付の方に声を掛けられた母は、
もうその時点で胸がいっぱいになっているようでした。
名前を呼ばれるまで、二人で並んで椅子に座って待ちました。
緊張しているのか、思うものがあるのか。
無言の母。
母がどんなに、この日を待ちわびていたんだろうと思うと。
もっと早く連れて来てあげれば良かったという自責の念と、
今日一緒に来れて良かったという安堵と。
いろんな想いが胸を震わせ、
止めようとしても溢れる涙。
あかんあかーん!
まだ参拝してないのに、
泣くのは今とちゃうやろ!
激しくセルフツッコミを入れ、
母に気付かれないように涙を拭きました。
そして、ようやくその時が来ました。
神職さんの後に続き、昇殿参拝。
丁寧に、そして厳かに唱えられる祝詞の中に、
はっきりと祖父の名前が響いた時。
あぁ、そうか。
わたしのおじいちゃんは、
神さまになってるんや。
わたしのおじいちゃんは、
今、神さまなんや。
そして。
あの戦争で、家族を守るために。
あの戦争で、日本を守るために。
あの戦争で、未来を守るために。
戦ってくださった方々は、
今もこうして、ここで。
神さまになって。
わたしたちを守り続けてくださってるんや。
それを思い知らされました。
参拝が終わり、待合室へと続く廻廊の途中で。
巫女さんが盃にお神酒を注いでくださいました。
もう一度本殿の方へ向き直り、盃に口をつけた、
その瞬間。
何とも言えない想いが、
身体の中から爆発したように湧き上がってきて。
嗚咽するほどの涙が溢れてきました。
母も同じでした。
暫しの間、待合室に座り。
氣もちが落ち着くのを待ってから。
受付の方に御礼を申し上げて、遊就館へ。
無事に昇殿参拝を終えた安堵感か、
猛烈にお腹が空いていることに気付きました。(腹ぺこw)
二人でお昼ご飯を食べました🍛
海軍カレー🍛
わたしが遊就館の展示を観ている間、
母は座って休んでいました。
(あれこれ視えちゃう人なので
)
🌸
日本が歩んできた歴史🇯🇵
右とか左とか、そんなことは一旦置いといて。
今、わたしたちが。
『日本』という國で生きていられるのは。
『日本』という國を、生命をかけて、
護ろうとしてくださった人々が居たから。
戦争を美化してるんじゃない。
目を逸らしちゃいけないし、
話をすり替えちゃいけないし、
決して忘れてはいけない。
もっと根本的な、魂の感覚を想い出して。
感謝して、この命を生ききらなくちゃ、
と誓った日になりました。
🌸
その後は二人で数日、栃木観光を楽しみました![]()
普段は口が悪い母が、
なんとなく優しく感じたのは氣のせいでしょうか(笑)
二人で入った温泉では、母が足を滑らせ、
危うく転倒するところをわたしが必死で支える...
というアクシデントもありましたが![]()
(お湯の中だったから浮力で何とかいけたけども、
そうじゃなかったら圧死する体重差やで💦)














