(1)日本史・世界史 統合の流れ
歴史教育
高校の歴史教育が変わろうとしている。近現代史を中心に若者の知識不足が指摘されており、日本史と世界史のつながりを意識した科目を取り入れたり、地域の出来事と世界史を関連づけた教材を作成したりする試みも。
歴史をバランスよく学ばせようと各地で行われている取り組みを追う。
中高一貫の神戸大学付属中等教育学校(神戸市)が試みているのは、日本史と世界史を融合した科目「歴史基礎」。文部科学省の研究開発校として、2013年度から4年間、教員らが独自に作成したカリキュラムと教材を使い、学習指導要領にとらわれない授業を行う。
比較の面白さ
「日本で古代都市はいつ成立したと考えますか?」
5月、高校1年生にあたる4年生の教室で奥村暁教諭(25)が問い掛けた。
8世紀までに奈良に築かれた飛鳥京、藤原京、平城京などの特徴を資料で示し、生徒は3、4人のグループごとに話し合った結果を発表していく。
「飛鳥京」を選んだグループの生徒は「
この日は計5時間を充てる「文明」のまとめの授業。それまでに紀元前のメソポタミアや6~10世紀の中国を通じ、交易による商業発展や権力者の統治といった古代都市の特徴を学んでいた。歴史は暗記科目と思っていたという男子生徒は「日本と世界を比較しながら問題を考えるのは面白かった」と語る。
全体像つかむ
歴史基礎は、地図の見方などを学ぶ「地理基礎」とともに、同校4年生の必修科目で、授業は週2回。「東西冷戦」など8テーマを取り上げ、日本史、世界史のつながりを意識した学習を進める。
例えば、19~20世紀の「帝国主義」では、アヘン戦争で英国に敗れて半植民地化が進んだ中国や、鎖国を解いて対外条約を結んだ日本を比べ、欧米側の対応に違いが生じた理由を考えるという。
同校が今年3月に実施した歴史基礎に関するアンケートで、「日本と世界の歴史のつながり」を理解できたという生徒は60・3%、「話し合いなどを行い、物事を深く考えることができた」とした生徒は82・4%だった。
日本史と世界史を融合した科目の研究開発校は2校目。授業時間が限られている中、歴史の全体像をつかみやすいテーマの選定などが課題で、同校は、大学教授ら20人以上からカリキュラムへの意見を聞き、見直しを進めている。勝山元照副校長(61)は「時代の流れと地域的なつながりを重ね合わせて歴史を眺めることで、全体的な理解が進むような授業を目指したい」と話している。
中教審 科目新設で必修化も検討
高校の地理歴史科は、世界史のみが必修化され、日本史、地理はどちらか1科目を選択すればよい。
文部科学省の調査では、2013年度に日本史を履修した生徒の割合は60.4%。小中学校では日本史を中心に歴史を扱うが、教育関係者の間では、高校で4割の生徒が自国の歴史を学ばないことへの危機意識は強い。
特に、日清戦争、日露戦争にいたる経緯や昭和恐慌の影響といった近現代史に関する知識不足が懸念されている。自治体レベルでは、横浜市が10年、東京都、神奈川県が12年に、公立高校での日本史必修化に踏み切った。
一方で、グローバル社会を迎え、日本史と世界史をバランスよく学ぶ必要性を指摘する声も強く、研究者らでつくる日本学術会議は昨年6月、日本史と世界史を統合した科目の新設を提言した。同会議などが高校、大学で歴史を担当する教員らを対象に行ったアンケートでは、統合科目の新設に肯定的な回答が44%だったのに対し、「日本史のみの必修化」に肯定的だったのは7%にとどまった。
22年度の入学生から実施予定の次期学習指導要領では、限られた授業時間の中で日本史をどう扱うかがポイントになる。
指導要領改定の諮問を受けた中央教育審議会では今年5月、日本史、世界史を融合して近現代史を中心に学ぶ新科目を設ける案が示されており、必修化を含めて検討が進められる見通しだ。ただ、日本史、世界史とも新科目でカバーしきれない時代の学習について選択科目などでどのように位置付けるか、といった点は課題になりそうだ。
(2)近現代に重点…「現在」を考える
歴史教育
高校の歴史教育で、生徒の理解度が低いと言われる近現代史を重視する傾向が強まっている。
神奈川県では、地域史を絡めた独自科目「近現代と神奈川」を県立高校に設けている。
6月上旬、横浜市にある県立
「円安を利用して輸出を伸ばした」といった生徒の発表を受け、渡辺研悟教諭(31)は、当時のインフレ政策で円安が進み、軍需拡大で工業製品の生産が急増したことを説明した。さらに、陸軍の主導権を握った派閥によって軍拡が推し進められた流れをたどった。
「第2次世界大戦にいたる経緯は近現代史の軸になる。神奈川での出来事も絡めて関心を引きつけたい」と渡辺教諭。理系クラスの女子生徒は「この科目があったので戦前から戦後につながる歴史を実感できた」と語る。
高校の学習指導要領では、地理歴史科は世界史のみが必修のため、神奈川の県立高校では3割近い生徒が日本史を学んでいなかった。そのため、2012年の入学生から、日本史を履修しない場合は、「近現代と神奈川」か、近現代史の内容が4割を占める「郷土史かながわ」のいずれかを必修としている。
柏陽高校では、「近現代と神奈川」を2年生の必修科目とし、敗戦と復興を経験した昭和時代の学習に重点を置く。久保田啓一校長(57)は「国際的に活躍できる人材を育てるために、国が大きく揺れ動いた戦前、戦後の時代に関する知識を身につけさせたい」と話す。
国立教育政策研究所が05年度、各地の高校生を対象に実施した調査では、日本史、世界史とも近現代史の理解度の低さが浮かび上がった。
例えば、「第1次、第2次大戦期の日本と世界」に関する問題で想定した正答率に達したのは8問中1問だけ。10問中8問が想定を上回った「近世の社会・文化と国際関係」など他の時代との差は大きかった。
高校の日本史必修化などを検討している文部科学省の中央教育審議会では今年5月、こうした傾向が歴史教育の課題の一つとして示された。
ある大手予備校の分析では、国立大、私立大入試の歴史科目で近現代史から出題される割合は例年、日本史で35%、世界史では55%前後で、大学側に近現代史を重視する姿勢がうかがえる。一方、高校には「時間切れで近現代史を最後まで教えきれない」といった声があり、神奈川県内の日本史教諭の一人は「重要な出来事を選び、重点的に学ぶ工夫が必要」と話す。
日本の近現代史に詳しい三谷博・跡見学園女子大教授は「現在に直結する時代を知らなければ、他国の人たちとうまく付き合えない。日本側、相手側双方の視点から物事を見ることで思考が深まり、現在や未来を考える材料になる」と指摘する。