久しぶりのブログ更新になりますニコニコ

おかげさまでメンバーの地元を巡る凱旋ツアー、Because of you ~心をひとつに~が終わりました。いらして頂いた皆さん。遠くから応援くださった皆さん。支えて頂いた皆さん。ありがとうございました!!

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これは、Twitterでもupした写真。

手の動きと照明から、ADAGIOだと思います。
ついでに、多分間奏に入るところと思います。ウインク

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これは、、

EXILE~だったん人の踊り~。
ついでに言うと、多分、前奏あたりかとにやり



さてさて、多くの方から旅先での龍散歩をブログで読みたいと言って頂きましたので、

ほとんどTwitterと同内容ですが書いてみますね。ニコ

凱旋公演の最終日となった5月17日の朝は、会津白虎隊ゆかりの地、飯盛山へ。雨でぬかるんだ山。歩きにくいけど風情がありました。

山頂にはお墓や自刃の場所のほか、白虎隊の歴史に感銘を受けたローマからの、ポンペイ遺跡の石碑もありました。資料館もあり当時の白虎隊の想いを想像して胸が熱くなりました。

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そしてそして珍しい螺旋状の建物「さざえ堂」。

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江戸時代、こちらの方には大変だった西国三十三ヶ所巡りがすぐに出来るように、お堂の中に33体の仏さまがいらしたようです。
また混雑しないように、1度入ると同じ場所は通らないような造りにもなっています。そして階段で大変な思いをしないように、ずっと坂道のみ。と、色々な考えで作られたようです。

明治時代の神仏分離令のせいで、いまは仏さまはいらっしゃらないのですが、木の坂道を登って下りて、懐かしい油の香りがするなかで、不思議な感覚になりました。その下にあった神社の杉の木の雄大さには息を呑みました。

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次の目的地までの途中のカフェのドーナツもシンプルで美味♪ 

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この写真だけで辿りつかれた方もいらしたようでビックリしました!
フロレスタ会津若松店さん。
シンプルで甘くないドーナツは僕好みで、コーヒーもとても美味しかったです。

そのあとに、行ったのが武家屋敷。
会津藩家老の西郷家の邸宅を再現した場所です。
ほとんどが複製と聞いて、そんな心持ちで入ったのですが、これが想像を裏切る充実度。
当時の武家の位の高い方の暮らしぶりや屋敷の構造、ひとつひとつの意味など、とても面白くて、また雨の武家屋敷の風情のあること。
見学には1時間で足りないくらいでした。
会津の歴史、会津藩の忠義心、歴史の中での悔しさや悲しさ、また西郷家の歴史、奥様や子どもたちの悲劇を知りました。
言われなき賊軍の汚名をきせられた中、戊辰戦争で敵の大軍が会津若松に攻め入った折、西郷家の奥様や娘たちにも登城の命がくだりました。でも、戦争の足手まといになるまいと、お母さんは胸引き裂かれる思いで短刀で娘たちを1人ずつ手にかけ、最後は自ら命を絶ったといいます。敵の兵士が屋敷内に入り、その光景に驚く中、息絶え絶えの娘の1人が「そなたは敵か味方か?」と聞くので、敵の兵士はその心中を察し「味方です」と告げ、介錯をしてあげたと言います。何とも理不尽な運命と、その中での最後の一瞬の、敵と味方をこえた心のやりとり。涙があふれました。
歴史を知り未来に生かしていくことは、いまを生きる自分の使命だと思います。

最後は、会津若松「来夢」のラーメンがくれた、ちょっとしたプレゼントウインク

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実はこの前に、これを食べてから入りました。
1人で2皿という暴挙びっくり
さすがにお腹いっぱいでしたあせる

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