記事:佐賀龍彦のSSS(ショートショートショート)

かなり寒くなってきましたが、

いかがお過ごしでしょうか??

さてさて、久しぶりに新作を書きました!!

ショートショートショートの第10作目☆


SSS10「くつやのおじさん」

コータの家から近い川のほとりに

おんぼろの小屋が建っていた。

コータの背より高い所に1つだけ窓があったが、

中は暗くてよく見えずあまり好きな場所ではなかった。



ある日のこと、

お母さんと手をつないで向かったのはその小屋だった。

「お願いしますね」

お母さんがお気に入りのクツを差し出すと、

中からニュッと黒ずんだ手が出てきた。

「お母さん。そのクツどうするん?」

「きれいにしてもらうのよ。」

「ふーん」



買い物を済ませて小屋に戻ると、

お母さんのクツが

ピカピカになって返ってきた。

「すっごーい!!」

思わず窓わくに手をかけて中をのぞくと

白髪まじりの短髪のおじさんが

1畳くらいのところに座っていた。

「こんにちは、ぼうや。」

コータは慌てて手を離した。



次の日の学校の帰り道。

コータは小屋の前で立ち止まり、

体を持ち上げてまた中を見た。

「こんにちは、ぼうや。」

笑顔でおじさんが言った。

「こんにちは。」

コータも答えた。

「入ってくるか?」

「・・うん」


小屋の横の少し傾いた扉を開くと、

金づち、木づち、小さな引き出しが

たくさんついた古くて黒い木箱、

小さなストーブたちが置かれていた。

「ねぇおじさん、それは何?」

「これはヒールの先のゴムやで。」

「じゃあこれは?」

「それはカカトを留める釘や。」

「じゃあこれは?これは?」

「あはは。そんなに面白いか。」

「うん!」

「そうか。じゃあまた遊びにきぃや。」

「うん!」

「 さてと。そろそろ帰ろかな。」

そういうとおじさんは片手で

奥から車椅子を出してきて、

外に広げて跳び乗った。

そして近くにとめてある車まで

スイスイ走っていくと、先に体だけ車に入って

後からヒョイと車椅子を持ち上げて片付けた。

「じゃあな。気をつけて帰るんやで。」

「うん!」


次の日から、

コータは毎日のように遊びに行った。

そして色んな話をした。

「おじさんはなぁ、

 戦争中には駅で靴磨きやってたんやで。」

「ぼうやは知らんやろなぁ。

 この前を昔は市電が走ってたんやで。

 そうや。道の真ん中をや。」

「おじさん、今日な、先生に叩かれてん。
 
 でもなこれは僕が悪かってん」

「今日はな、今から鈴木君の家に泊まりに行くねん。」

話をしている間、

しなやかに動き続けるおじさんの手を

見るのも好きだった。

おじさんがクツを受け取る時には

「まかしといて!」と思い、

渡すときには誇らしく思った。


2人でいると小屋はキュウキュウ。

でも夏には川から涼しい風が入ってきたし

冬はストーブを点けるとすぐにあったまった。

帰りに車椅子を広げたり押したり

車に積みこんだりお手伝いをするのも楽しかった。

そんな時おじさんはいつも

「ぼうや、今日もありがとうな。」

と三角錐の形をした薄茶色のアメをくれた。


それから何度か季節はめぐって、

手をかけなくても

窓から中が見えるようになった頃のある日、

「この場所なぁ。立ち退かなあかへんかもしれん」

おじさんが言った。

「たちのき?」

「そう。河原を美化するんやて。まぁ、お引っ越しやな。

 無許可でずーっとやってきたからなぁ」

「ここからいなくなるってこと?」

「まぁ、そういうことや」

「そんなん嫌や。

 おじさんがどっか行くなんて嫌や。」

「・・そうやな。」



それから何日かたったある日、

突然小屋がなくなっていた。

影も形も何もかも。ぜんぶ姿を消していた。

「え?!うそや!?」

しばらく立ち尽くしていると、

「ぼうや、ごめんな。」

後ろからおじさんの声がした。

「急に取り壊しになってな。いれなくなったんや。」

「おじさん。嫌や。そんなん嫌や!」

コータは涙が止まらなかった。

「ごめんな。ほんまに、ごめんな。」

おじさんも泣いていた。



それから、またたく間に時は過ぎ

コータも30歳を過ぎた。

小屋があった場所には紫陽花が植えられていて、

年に一度だけ、むらさき色の綺麗な花を咲かせている。



いつかおじさんにステージを見てもらうこと。

その日を夢見て、今日もコータは歌っている。