「催眠術師」


そのコンテストには多額の賞金がかけられていた。

世界SF研究会主催による「催眠術コンテスト」

10年に一度しか開かれない、ビッグイベントである。


薬太は激戦をくぐり抜け、遂に決勝まで勝ち進んでいた。

決勝の相手はあの一進。

薬太は何としてでも勝ちたかった。賞金のためではない。

奴の鼻をあかしてやることが出来るのだ。

一進には大きな貸しがある。以前、テレビ番組で対決し、

大衆の面前で見事、催眠術にかけられてしまった。

おかげで未だに信頼を取り戻せないでいる。

それにこの大会で優勝すれば、

憧れの世界SF研究会に入会できるだけでなく

理事にも推薦されるというのだ。そうなれば、

この道に進むことを反対する母親も

少しは考え方が変わるかもしれない。


決勝まではあと2週間。

一進に勝つ。その為には

誰にも真似出来ない、完璧な催眠術を編み出す必要があった。


薬太は1人きりで部屋にこもり、

文字通り研究に没頭した。彼の専門は振り子催眠。

振り子の長さ、角度、素材の洗い直しをすすめ

実験を繰り返した。

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そして決勝前日。

かなりの手応えを得るところまできた。

次の実験で成功すれば、勝利は確実に思えた。

薬太は、嬉しさといたずら心で、一進に電話をかけた。

「おい、俺は遂に完璧な催眠術を手に入れるぞ。

明日、首を洗って待っているんだな」



次の日、決勝当日。

いつまでたっても薬太は会場に現れなかった。

電話もつながらない。

一進の不戦勝となり、あっけなく戦いの終止符がうたれた。



不思議に思った一進は、

会場から出ると急いで薬太のアパートに向かった。


一進がアパートのドアをあけるとそこには、

畳の上に横たわっている薬太がいた。

彼は、

自分自身の完璧な催眠術で、いつまでも目覚めることがなかった。

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