今年も終わりに近づいた。
人生を10年で区切ると、僕は今年で新しい10年に踏み込んだことになる。(30~31歳)
ドラマ新撰組!で、佐久間象山が
「人は生まれてからの最初10年は己のことだけ考えればいい。次の10年は家族のことを考える。二十歳になってからの10年は生まれたくにのことを考える。そして、三十になったら日本のことを考え四十になったら世界のことを考える」
みたいなことを言っていたのを思い出す。
(↑このセリフに加えて、「だからその時が来た時にそなえて勉強せよ」というような意味だった気がする)
10代は、勉強のときだったと思う。
20代は、実践と失敗。
30代は、どうなるやら。
佐久間象山のセリフが、三谷幸喜の創作なのか、実際にあるセリフなのかはわからない。また、佐久間象山という人物が言っていたとしても、10年という年をどう区切って考えていたのかはわからない。
ただ、人間というのは、どこかで区切りをつけながら、都度過去を振り返る(検証する)ことが必要なんだとも思う。
未来を想定して人生を見定める考え方としては卓見である。
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過去の解釈は、その都度違う。
僕の場合は、特に学生時代の評価がだいぶ変動する。
時間を「過去から未来へ」流れているとする考え方によれば、学生を卒業した当時あたりは、むしろ「黄金時代だったんじゃね」くらい美化していたものである。
でも年を経るごとに「あのときこうしていれば」なんて思うこともある
もちろん、タラレバで過去を嘆いても仕方ないけど。
今の僕は、当時と違う業界や環境に身を投じているためか、学生時代を後悔するきらいがある。
僕は都度、最善の形で卒業してきた。前職にしろ、大学にしろ、高校にしてもだ。
結果、今の自分がある。大したことないつまらない人間だ。
…という考え方もある。
違う考え方もある。
「将来、僕は弁護士になることが確定している。そのために必要な未来を、現在の自分が選択しているだけである」と。こういう考え方もある。
時間を「未来から過去へ」流れるという見方だ。
他人と比較しながら人生を検証していると、いつまでたっても「過去から未来」型の思考しかできない。平たく言うとネガティブな思考。
ポジティブにすると、「今は確かに大したことない人間かもしれない。でも将来ビッグになることは確定している。今はそのためのステップを踏んでいるにすぎない」とも言える。
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他人と比較しながら生きると、どうしてもネガティブにならざるをえない。
だから、自分の人生は自分が「初期設定」すべきである。
職場でもどこでも、人間関係が大事だとみんな言う。
僕はもうそう思わない。
比較したい、馴れ合いたい、現実を見たくない、責任とりたくない、そういう群体の思考があるから。
大事な人間関係と、そうでない人間関係が存在する。
僕は、「そうでない人間関係」に悩まされ続けてきた。
営業マンならではの人脈とか。
知性の共有といいつつ、ただの寂しさ分け合うだけの酒飲みとか。
おかげで身体的な不健康状態になったものの、そこから抜け出したところでだいぶ健康になることができた。
いまはそれでいい。
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試験、また落ちたなぁ。
独学はやめにして、今年からはちゃんとした学校に通うことになった。
1ヶ月経ってないけど、勉強がかなり捗る。
最初からこうしれいればよかったわい。
1年前の自分がいたら、言ってやりたい。
「うだうだ言わないで、学校通いなさい。」と。
独学だった理由は、それこそくだらない見栄とプライドである。
「あの試験、簡単だったよ」と、前職の先輩が言っていたから、独学という思考が張り付いてしまったのである。
なぜ素直に「先輩はすごいなぁ、僕は頭悪いから学校通いますよ」と思考することができなかったのか。
プライド
こればっかりは、いつになっても超えられてないなぁ。
