前田日明が新日本プロレスにいたころ、イギリスから武者修行で戻ってきた最初の試合だったと思う。対戦相手はポール・オンドーフだったはずだ。
 もちろん前田が勝ったのだが、このとき前田が使った技が凄かった。ダブルアームスープレックス。人間風車という名前で呼ばれたこともあるあの技だ。凄かったのは、前田が最後まで腕を放さなかったことだ。通常、ダブルアームスープレックスは空中で腕を放し、相手を放り投げる。
 ところが前田は最後まで腕を放さずそのままブリッジをしたのである。両腕を固められている相手は受身が取れない。あれは危険だったろう。事実、これ以後、前田がこの技を使うところを見たことがない。
 前田は強いと思った瞬間だった。


 ヴォルク・ハンという選手が『リングス』にあがっていた。ロシアのコンバットサンボの教官で、これも凄かった。前田と何度も対戦して、勝ったり負けたりしていたが、このハンについて前田のコメントで印象に残っていることがある。
「たとえば砂漠かジャングルのようなところで、一週間後ハンと戦えと言われたら絶対に勝てない」
 この場合の勝てないということは、命に関わる負け方をするということかもしれない。ようするにハンはそういう人だ。スポーツではない格闘を本業とする人だ。白兵戦といわれる種類の戦いだ。
 誰が本当は一番強いのか――興味がある。が、地上最強というのは、言ってみればフィクションで、どんな状況下でも最強ということはありえないのだろう。


 これは人間離れした強さではないかと思った選手がいる。
 前田の引退試合の相手、アレキサンダー・カレリン(アレクサンドル・カレリン)だ。あの前田が小さく見えた。あの当時、彼が地上最強の男であったような気がするがどうだろう。


 こんな言葉がある。
「最強の格闘技があるのではない。最強の格闘家がいるのだ」
 そうかもしれない。
 よく聞くのは相撲取りが実は一番強いと言う話だ。
 格闘技は見るだけのぼくには何とも言いようがないが、この話は知りあいからも聞いたことがある。正確には知人の知人だ。
 その知人の知人は、学生時代空手を習っていて、仲間の何人かと若気の至りで相撲取りに喧嘩を吹っかけたらしい。もちろん、酔った上でのことだ。相撲取りは付き人を連れていた。二人だったという。知人の方は十名。その十名がたったふたりの付き人にあっさりとなぎ倒されたという。
 この話の信憑性については何ともいえない。
 しかし、いかにもありそうな話である。


 我が家の同居人とよく誰が一番強いのかという話をする。同居人はプロレス(格闘技ではない、あくまでもプロレスである)が大好きだ。子供の頃から父親と一緒に見ていたのだ。だからこの場合の一番強いというのはプロレスというジャンルの中で誰が一番強いのかということだ。
 同居人のいう最強のレスラーは猪木だ。
 しかも新日本以前の猪木、ジャイアント馬場と一緒にやっていたころの猪木が最強だと固く信じている。同居人に言わせれば、あのころの猪木はなんといっても早かったという。早いということが、格闘技においてどれだけ重要な意味を持つのか、素人のぼくにはわからないが、遅いよりも早いにこしたことはないだろうと思う。そして何よりもあのころの猪木には、後の前田に似た危険なにおいがあったという。
 専門的な見地から見るとどうかのかぼくにはわからない。ぼくも馬場時代の猪木を見ている。確かにそうかもしれないという気がするときがある。
 かつての愛読紙に『週間ファイト』があった。編集長井上義啓氏の著書『猪木は死ぬか』のなかで同じようなことを書かれていた記憶がある。
 ふと思いついたのも何かの縁だ。今度また『猪木は死ぬか』を読んでみよう。