我らが中ちゃんが、阿部定のことをブログに書いていた。

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 だいたいぼくたちの世代だと阿部定と聞けば大島渚の「愛のコリーダ」を思い出すのではないだろうか。セックスの果てに男を殺害して、その男の性器を切り取ったのが阿部定だった。この事件を大島渚が映画化したのが「愛のコリーダ」だった。藤竜也と松田英子の主演で、何が話題になったかといえば、これはようするにハードコア、つまり藤竜也と松田英子が本当に性交をするという映画だったのだ。いまならアダルトビデオなどで、まあ当たり前といえば当たり前なのだが、当時としてはそれはもう大変な話題になったものです。しかも、この作品は映画としても優れていたという。幸か不幸か、ぼくはこの映画の完全版を見ていないから何ともいいようがないが、それでも雑誌などで読む限り、中々の傑作だったらしい。

 岸田敏志はその昔、

「心より体のほうが、確かめられるというのか」と、歌った。

 夏木マリさんは指を艶かしく動かしながら、

「ああ! 抱いて、獣のように」と、いやらしく歌っていた。この曲『絹の靴下』を作詞した阿久 悠は「逞しい下半身の思想を歌にしたかった」とかなんとかそんなことをどこかのインタビューで答えていたような記憶がある。あるいはエッセイだったろうか。

 心と肉体、この二つを分けて考えることが、そもそもナンセンスなのかもしれない。

 どんなことでもある限界を超えれば何がおきるかわからない。阿部定と件の愛人が、実際はなんで結びついていたのかわからないが、愛情(心)とかセックス(体)とか、そういったキーワードでは単純に割り切れない何かで結びついていたとしかぼくには思えない。

 誰のエッセイだったのか忘れたが、仲間と集まって猥談をしていると、ある作家(だったと思う)が、男女の睦事の最中の声というのは、聞いていると恐ろしいものだというようなことを話されたらしい。どこかの旅館で睦事の声を聞き、心中か殺しあっているのではないかと不安になったという。

 そう考えると、「黒の舟歌」は、ずいぶん深い歌だという気がする。この曲について、これは子供を流したときの歌だと言ったのは、TBSアナウンサーの林美雄さんだったと記憶している。