仙台藩のお月見
伊達政宗 辻本祐樹
伊達成実 木ノ本嶺浩
片倉重長 安西慎太郎
ト書き 内藤大希
ト書き その夜、成実は政宗おつきの者より至急の呼び出しを受けていた
成実 政宗の様子がおかしい?
ト書き 『はい。夕刻より台所にこもり、人払いをなさって包丁をふるっておられます』
成実 あいつ、料理好きだからな。でもそれでなぜ俺を呼ぶ必要がある?
政宗 (タイトルコールとして)『仙台藩のお月見』
ト書き とんとんとんとん・・・。台所からは落ち着いた拍子を刻む包丁の音が聞こえてくる。いつしか成実は忍び足となっていた。足音をたてるのも憚られる妙な緊張感が辺りに伝わっていたからだ。そっと引き戸に手をかけ、成実が覗き見た先には、張り詰めた表情で黙々と料理をする政宗の姿があった
成実 なるほど。確かに尋常じゃなさそうだ
ト書き 成実は物音を立てず、その姿を眺め続けた。政宗は大ぶりのヒラメ
その間に、後方にある大鍋はぐらぐらと煮立ち湯気を立てている
成実 いつにもまして手際がいいこって
ト書き 政宗は骨やアラごと煮たてられた鮭鍋の煮汁を、杓子ですくい揚げて味をみると火をとめた。同時に、せいろの中で熱せられた笹の葉を取り出すと机の上に並べ、ヒラメのすり身を手早くのせていく。一つ二つと形を整えられたカマボコは再びせいろの中へと移された。その数、三十はくだらない
成実 なにやってんだか
ト書き 成実はそっと台所に入ると、下ごしらえされた食材がずらりと並ぶ机のすみに腰をかけた。政宗は成実に気付いた素振りをみせなかった。成実も政宗の手際を眺めるだけで、声をかけることをしなかった。と、政宗が成実へ小鉢を差し出す
政宗 先付だ。酒は向こうから自由にやってくれ
成実 うむ
ト書き 成実は日本酒を見つけて席に戻ると、先付に出された塩で揉んだ胡瓜、菊の花、柿を、酢と油で和えたものに箸をつけた。うまい
政宗 椀物。ハゼの焼き干しで出汁をとった、蕪の雑煮仕立て
成実 うむ
ト書き 二人は会話をしないままだった。政宗は黙々と食べきれないほど大量な料理を作り続け、成実は向こうづけの刺身、八寸、凍り豆腐の煮物、先ほど仕込んでいた笹かまぼこを、差し出されるままに口へ運んでいく
政宗 ハラコ飯
成実 うむ
ト書き 鮭の煮汁で炊いた飯に、政宗は漬け込んでいたイクラを大量にかけて成実の前へ差し出した。そろそろ献立に終わりが見えてきたが、今まで成実が食べた料理がまだ四十人前は残っている。政宗は気にすることもなく、枝豆を潰し甘味をこしらえていた
政宗 ずんだ餅
成実 ご馳走様でした
政宗 お粗末様でした
ト書き ようやく政宗の手がとまった。洗い物も半分以上すまされた台所。色とりどり華やかな料理が並んでいるも、その中心に立つ男の顔は悲し気だった
成実 どうすんだよ、これ
政宗 どうしような
成実 食べきれないだろ
政宗 そうだな
成実 お前も食えよ
政宗 俺は、いい
成実 じゃあ飲め
政宗 ああ
ト書き 成実は膳に少量の料理と酒を乗せると、政宗を外へと誘いだす。先ほどの料理を食べながら、成実は今日がなんの夜かを思い出していた
政宗 馬鹿なことをした
成実 落ち着かなかったんだろ?
政宗 ああ。なのに、何をしていいかわからなくて
成実 中の方がよかったか?
政宗 いいや。風が心地いい
成実 俺が殺した
ト書き 成実がそう言うと、政宗は夜空を見上げていた目を伏せる
成実 お前の父上は、俺が殺したんだ
政宗 本当にそうだろうか
成実 伊達のため、自らを殺せと命じられた心を嘘だと?
政宗 怖いんだ
成実 ・・・・・・
政宗 満月をみると父上を思い出す。お前の矢に貫かれた父上の顔を。満ちた栄光を手放すでないと、一点の曇りも許さぬぞと、追い立てられているようで
ト書き 二人の目前には大きな満月が浮かんでいた
政宗 満月は苦手だ
ト書き 紅葉に染まる山々は、夜闇の薄衣をはおり眠っていた。城内に灯るあかりはここまで届かず、しかし夜空に浮かぶ満月は煌々と二人を照らす
成実 明日になれば月は欠ける。必ずな
政宗 ふふっ
成実 なんだ
政宗 この城が完成した落城の宴を思い出した
成実 はんっ
政宗 皆がこの城を褒め、常世の栄華を願う中、お前だけは違った。酒に酔い、笑い声が響く中ですっと立ち上がり、無言で柱を切りつけるとムスっとしたまま座り込んだっけな。楽しい酒宴が台無しだ
成実 お前は笑っていただろう?
政宗 ああ
成実 お前だけは笑っていた。この俺の意図を説明する前から
政宗 月は満ち欠け、花は咲き散る。それがこの世の道理。この城、ここ仙台藩にいたっても同じ
成実 最も美しい時を惜しみ、それを守るために生きるなぞ滑稽の極み。老いや、傷、あやまちを忌み嫌うことこそ醜い
政宗 積み重ねた歴史こそを誇る人物であれよと
成実 そこまで言っちゃいない
政宗 次の満月、また料理をこしらえてしまったら・・・
成実 いいよ。俺が食べてやる。お前の味付けは悪くない
政宗 感謝する
ト書き 成実は、くっと酒を飲み干すと、タンッと音を立て盃を膳に戻した。それは彼なりの返答だったのか、政宗は微笑む
政宗 感謝する
ト書き と、遠くからドタドタと足音が聞こえてきた。その乱雑な足並みに、政宗と成実は共にため息をついた
成実 出たな
政宗 ああ
重長 政宗様ぁ~!
政宗 どうした、重長
重長 い、い、い、今!厠へ行ったんです!
成実 それがどうした
重長 ていうか、なんですか台所のご馳走、お月見パーティーですか!?
政宗 それで?
重長 そしたら厠から「赤い紙、いらんかえ~」って老婆の声がして!
成実 は?
重長 無視してたら次は「赤いちゃんちゃんこ」がどうのこうのって言い始めて!
成実 色々混じってんな
重長 政宗さまオカルト得意じゃないすか、どうにかして下さいよ!
政宗 お前、前に人のことキャラ扱いしておいて・・・
成実 そんな老婆いるわけないだろ?
重長 いますよ!さっき怪談話してて、ちょうどそのネタ聞いたばっかっすもん!
成実 それこそ思い込みだろ?
政宗 仕方ない、行ってみるか
重長 さっすが政宗様、ベリーくんとは度胸が違う!
成実 いつ俺が怖いから行きたくないって言った?
重長 じゃあ行けますか?マジで老婆いますからね?地獄みたいな声だしてきますからね?
成実 上等だよ
ト書き 重長にあおられ、まんまと成実は厠へ連れていかれた。成実の膳を片付けようと屈んだ政宗は、ふと誰かの視線に気が付く
政宗 心配なのか?
ト書き 亡霊は静かに、少し離れた場所から政宗を見つめるばかり
政宗 安心しろ。お前の息子は立派に育っている。躓きながらも、前へ前へと進んでいるぞ
ト書き 片倉小十郎・景綱は照れたように笑んで、申し訳なさげに姿を消し
た
政宗 息子だけではないか。この俺のことも、まだまだ心配なのだな、
お前は
ト書き 政宗は、小十郎の消えた先を見据えると、しっかりと頷いた。するとその静寂をかき消すように
成実 ぎゃー!
重長 で、出たー!
ト書き 厠から悲鳴が聞こえる
重長 赤と青と黄色と、どのちゃんちゃんこを選ぶのが正解なんですか!?
成実 知るかっ!
政宗 (苦笑し)平和だな。・・・
どうぞ見ていて下さい。この国の幸せを。命をかけて守る私の姿を。
なにが起ころうとも、どれだけの時が経とうとも。ここ仙台はいつま
でも、・・・小さな幸せを慈しむ土地であれ
ト書き 政宗が祈ったその満月は、今日も夜の空に輝いているだろう
終わり