続き…
2012年5月
娘が一時帰宅で帰って来て、私は嬉しくて仕方なかった🎵

旦那さんは、ゴールデンウィークも関係なく仕事。
日中は娘と二人きり😊

私は自分では何も出来ない為、平日1人で過ごしている時間はヘルパーさんが1日三回来てくれる。

完全四肢麻痺の寝たきりの母親と、知的発達障害の殆ど話さない小学3年生の娘
静かな時間だった。😅

ヘルパーさんの利用は、私の事しか利用出来ないと聞かされていたので、娘のご飯は前日に、おにぎりと弁当を旦那さんが買って来ていた。

自分で袋から上手に、おにぎりが出せなくて海苔と御飯を別々に食べてる娘…
電子レンジの使い方が分からないので冷たいままのお弁当を食べてる娘…

仕方ないと分かっていても目の前で悲しそうな顔の娘に何も手助けをしてあげれないのは辛かった。
何度ごめんなさいと、心の中で泣いたのかなぁ😭

それでも、何とか楽しくゴールデンウィークを過ごす事が出来た🎵

しか~し…
ゴールデンウィーク最後の夜!
夜御飯とお風呂を済ませると、寮に帰る準備が始まった。

もうダメ~😭
寂しい~😭
悲しい~😭
涙が止まらなくなった💦

つられて娘も、行きたくない~😭と泣き出してしまった😵💧

旦那さんは困った顔😫
「居させてあげたいけど…ゴメンね…無理なんだ…」と…

私と娘は泣きながら「またね~😭」と

娘を送って帰って来てから叱られた💦

「お前より娘の方が辛いのに…誰も知らない人の中で1人不安な気持ちで我慢してるのに…何で、あんな事を言うんだ💢自分だけが辛いと思うな💢」
と…

本当にそうだ❗

保育園の頃に離婚で、本当の父親と離れる事に為って(父親を好きでは無かったので、その事は気にしてないらしいが😅)
私が受傷する1年前に、再婚で関西から引っ越して来て、変な言葉だ!バカだとイジメにも遭い仲間外れにもされて、やっと支援学級に代わり馴れた時に、私が怪我をして、身内がいない旦那さんだけでは育てられないからと、施設に突然預けられた。

「お母さんも死んじゃう…お父さんに捨てられた…もう迎えに来てくれないだろう…」と思ってたと…泣いていたと…

私は自分の事しか考えてなかったんだ、昔から…


その日から私は、我慢する事を覚えた❗(この歳からか~い😝)

毎週末、帰って来る娘が施設に帰る時は、涙をいっぱい溜めながら「いってらっしゃい♪気を付けてね♪又金曜日ね😢」と!
頑張って言っては見ても涙が溢れて娘に拭いてもらう💦

帰った後、直ぐに後何日したら帰って来るかなぁ🎵と数え出す私。

夏休み早くなれ~❗✊

と切り替えの早い私であった😁