3年 黒田 善之
● 日常を未知化する
「リ・デザイン」というのは簡単に言うとデザインのやり直しである。ごく身近なもののデザインを一から考え直してみることで、誰にでも良く分かる姿でデザインのリアリティを探ることである。
90年代の約10年間を通して、しばらく頭の隅にこの「リ・デザイン」というコンセプトをたずさえてきた。そして新しいマカロニのデザインの展覧会を開いてみたり、米という商品の相応しい姿を探してパッケージを試作したり、「日用品」のもう一つ違う姿を想像してみたりと、このコンセプトをめぐって、いくつかの計画を実行に移した。
● アートとデザイン
私たちが生活する環境を形づくるもの、つまり家や床や風呂桶、そして歯ブラシといったようなものは、すべてが色や形やテクスチャーといった基本的な要素から構成されていて、それらの造形はオーガニゼーションへと向かう明晰で合理的な意識にゆだねられるべきである。そういう発想がいわゆるモダニズムの基本であった。
・アート
新しい人間の精神の発見のための営みであるといわれる。個人が社会に向き合う個人的な意思表明であって、その発生の根源はとても個的なものだ。だからアーティスト本人にしかその発生の根源を把握することができない。そこがアートの孤高でかっこいいところである。もちろん、生み出された表現を解釈する仕方はたくさんある。それを面白く解釈し、鑑賞する、あるいは論評する、さらに展覧会のようなものに再編集して、知的資源として活用していくというようなことがアーティストではない第三者のアートとのつきあい方である。
・デザイン
基本的には個人の自己表出が動機ではなく、その発端は社会の側にある。社会の多くの人々と共有できる問題を発見し、それを解決していくプロセスにデザインの本質がある。問題の発端を社会の側に置いているのでその計画やプロセスは誰もがそれを理解し、デザイナーと同じ視点でそれを辿ることができる。そのプロセスの中に、人類が共感できる価値観や精神性が生み出され、それを共有する中に感動が発生するというのがデザインの魅力なのだ。
● リ・デザイン展
2000年の4月に「リ・デザイン-日常の21世紀」という名前の展覧会を製作。
リ・デザイン展では、具体的には、32名の日本のクリエーターに、極めて日常的な物品、たとえばトイレットペーパーや、マッチのような身近な物品のデザインを提案し直してもらった。建築、グラフィック、プロダクト、広告、照明、ファッション、写真、アート、文筆などなど数多くのジャンルから、いずれも視点や主張を明確にもった仕事をしている第一線のクリエーターの方々に依頼をしている。
こういう企画はともするとユーモアやジョークの類と誤解されやすい。もちろん、「笑い」を排除するつもりはないけれどもそれを目的にはしていない。本質的にはきわめて真面目なプロジェクトである。
● 坂茂とトイレットペーパー
建築家の坂茂のテーマは「トイレットペーパー」である。坂茂は「紙管」を使った建築で世界に知られている。坂茂が紙管を建築に使うことにははっきりとした理由がある。ひとつには紙という一見脆弱に見える素材が実際には恒久建築に使える強度と耐久性を持っていることを発見したからである。さらに重要なのは紙管が極めて簡単でローコストな設備で生産できるという建築素材としてのフレキシビリティへの着目である。生産設備の負担が軽いので生産する場所を選ばないことや、世界的に基準がはっきりしているのでどこででも同じ基準で調達できるということ、加えて、紙は再生可能なので、不要になったらいつでもリサイクルできるということなど、今後の世界にとって重要になりそうないくつもの要素がこの素材に潜在しているという点に坂茂は着目した。
この紙管を使って坂茂は阪神大震災のときに被災者用の仮説住宅や教会を設計した。ルワンダの難民キャンプでは国連の難民高等弁務官に働きかけて難民用のシェルターの構造材に紙管を活用した。ルワンダではシェルターに木材を用いると森林資源がすぐに枯渇してしまうし、立派なものをつくりすぎるとそこに人々が定住してしまうなどの問題が発生するらしい。したがって、簡易テントのようなシェルターの構造体には紙管が最適だったようだ。
● 佐藤雅彦と出入国スタンプ
佐藤雅彦は、お茶の間に浸透した数多くの広告のディレクターであり、ゲーム「IQ」の発案者であり、映画「KINO」の監督でもある。映画「KINO」は映像の短編集であるが、その中に「人間オセロ」というタイトルのものがある。バス停で右を向いて男が三人並んでいる。そこへやってきた四人目の男。この男がどういうわけか反対方向を向いてその列に加わったのである。先頭であるはずの右の男がそれを見て、つられて左を向いてしまう。やがて、向きの異変に気づいた真ん中の二人も、おもむろに左への方向転換をうながされることになる。結果として、バスに並ぶ順番は逆になってしまうのだ。人間の心理に作用するオセロ的な現象を表現した、面白い短編映像である。こういう「コミュニケーションの種子」のようなものの存在を佐藤雅彦は常にサーチしている。
佐藤雅彦に依頼したテーマは、パスポートに押す「出入国スタンプ」である。基本的に日本の出入国スタンプは「丸と四角」で出国と入国の差異を表示している。非常にシンプルなアイディアである。これはこれで十分機能しているが、ここにもうひとつ、人々の心を和ませる工夫をこらせないかと相談を持ちかけた。出国が左向きで、入国が右向きの旅客機の形のスタンプを作った。そのアイディアには、スタンプを介した事務手続きに、一服のコミュニケーションを盛り込もうという、まさにコミュニケーションの種子が含まれていて、それに触れる人々の気持ちの中で次々と発芽するのである。
● 隈研吾とゴキブリホイホイ
隈研吾は頭脳派の建築家である。普通のゴキブリホイホイにはゴキブリを捕獲するためのしたたかな機能が装着されている。入り口にある「足拭きマット」で脚の油分を拭い、やがて中に入ったゴキブリは接着剤に足をとられて動けなくなり餓死するという仕掛けである。それが幸せそうなゴキブリ家族のマイホームのような形として表現されている。そこがとても馬鹿馬鹿しくて、本来の殺伐とした殺虫機能を忘れさせてくれる救いがあって、実際に売れている。隈研吾はこれをロール状の粘着テープとしてデザインした。テープを適当な長さに引き出し、カットして使うというものである。
● 面出薫
こすると発火するあのマッチがテーマである。最近は家庭の中でマッチを手にすることも少なくなってきた。タバコに火をつけるのもたいがいライターである。さらに火そのものを扱う機会すら減ってきた。ガスレンジはまだ炎が出るが、電磁波の調理器具なども少しずつ浸透している。そういう時代になぜマッチか、という疑問を抱かれるかもしれないが、これは要するに、最も身近な「火」のデザインなのである。面出薫は有楽町の東京国際フォーラムや仙台メディアテークなどといった大きな公共空間の照明計画を手掛けているラインティング・デザイナーである。つまり、光のデザイナーであって照明器具をデザインする人ではない。別の言い方をすると、光と同時に闇をデザインしている人でもある。面出薫は「照明探偵団」なるチームを結成して都市の夜の明かりをリサーチするワークショップを開催して話題になった。
● 津村耕佑
テーマは紙おむつであるが、子供のおむつではない。大人あるいは老人向けのおむつである。紙おむつは1963年に発売されたのが最初らしいが、83年に高分子吸水素材が採用されたことで、コンパクト化や装着感などの面で大きな進歩をとげたそうだ。
《感想》
デザインという概念は様々な感受性や合理性に近接した位置にはじめから立っているということがわかった。今デザインという概念の本質が見直されてきているのだと知った。