江戸川大学ライフデザイン学科2年 伊藤華緒里
今回のLD会では、浮世絵木版画家の牧野宗則さんのお話を聞いた。浮世絵とは、江戸時代に成立した絵画のジャンルで、絵・彫り・刷りの作業で、描かれるものだ。
◆絵に対する思いの深さ
浮世絵木版画は、上記のように、絵・彫り・刷りの3つの作業から成り立つものである。牧野さんは、この作業をたった一人で全て行い、作品を完成させている。このように、文字で記すのは容易なことであるが、実際にこれらの作業を一人で行うことは難易で、苦しいことも多々あるだろう。そんな時、牧野さんは、“北斎だったらどうするか”と想像しながら、作品を手掛けているという。
「学校で学ぶのもいいが、外ではその人を軽蔑しなければいけない。でなければ、その人を越えられない」と、牧野さんは語る。この言葉に、牧野さんの浮世絵木版画に対する強い思いを感じる。
憧れの人を敬い、またその人を越えようとする思い。それは、新たな発想、力を産むだけではなく、見る側にも、言葉では言い表せないような感動を与えるのではないか。
また、“前に描いたような作品はもう描かない”という牧野さん。「同じような作品を描いても、自分自身が、わくわくしない。それでは見る側もわくわくしない。」という、絵と牧野さん自身に対するプライドを、絵から感じ、見る側の心に響いてくるのだろう。
◆未来の日本へ
江戸時代からの伝統とも言える、浮世絵木版画の未来は危うい。理由は3つ。
1つ目は、日本には浮世絵を学べるところが存在しないこと。2つ目は、版画となるヤマザクラを探す人がいないこと。3つ目は、削り、彫り師、刷り師が減少していること。
なぜ日本は、この伝統的な浮世絵木版画を発展させようとしないのか。日本の“和”を表現するのに、これほどまでに適した技法は、他に存在しないのではないか。
中国では、紙がないため、日本のような版画をすることが不可能だ。「版画を行える=自然がある」ということを国として誇りに思い、その未来も守っていかなければいけない。
この3つの理由を問題点としてとらえ、改善していくことで、現在ライバルがいないというこの世界でも、お互いを尊敬しあいながら、競い合える人が現れると感じる。
◆心に伝わってくるもの
とても美しい色づかいで描かれる牧野さんの作品は、優しさが溢れ出ていて、見ているととても温かい気持ちになれるものであった。それは、牧野さん自身の人柄が、作品に滲み出ているのだろう。私だけでなく、絵を見る人々を虜にするような、そんな魅力溢れる作品ばかりであった。
また、お話を聞いていて、牧野さんは、仕事にとても情熱と誇りを持っている人だと感じた。言葉の一つ一つに重みがあり、人生観を考えさせられるローカルデザイン会であった。
そんな牧野さんの話を聞き、感じたことは、やはり日本は版画と触れ合える場が少ないということ。私は、小学生の時に図工の授業で取り組んだ以来、接点が全くなかった。
伝統文化である“浮世絵木版画”であるのに、それらと触れ合う場が少ない日本はおかしいし、またそれはとても悲しいものだ。
これから月日が流れると、唯一、子供たちが触れ合うことが出来た、小学校の授業でも、版画を取り組まなくなってしまうかもしれない。すると、“浮世絵木版画”が日本の伝統文化であるということを、知らない若者が増えるであろう。
そのような未来を迎えないためにも、版画の存在を身近に感じられるような日本になってほしい。