江戸川大学社会学部ライフデザイン学科3年 駄賃場桃

 

 今回講演していただいたのは、NPO法人銀座ミツバチプロジェクトの田中淳夫さん。銀座3丁目、松屋銀座のすぐ裏という都会のど真ん中で養蜂を行っている。田中さんはもともと、紙パルプ会館というビルで会議室を提供するなどしている。景気の影響で周りの建物がどんどん消えていく中、会議室という地域のインフラを無くしてはいけない必要なものだという信念を持ち、展開を広げた。田中さん自身も勉強会を定期的に開き、利用している。銀座という土地柄もあり、友人に東京スイーツクラブの活動の場として提供したところ、その業界で名だたる人々が集まっていた。

 そんな中その友人から、ビルの屋上を探している養蜂家が居ることを知らされた。社民党の屋上を利用していたが、出ていかなければ行けなかった。NPOの活動をしていた人には危険だと反対されたが、社民党の人が刺されたという話も聞いていないということで紙パルプ会館の屋上を提供し始めた。

 まず、ミツバチのために巣箱の周りに風除けと人工芝を敷いた。風除けはミツバチが怪我をしないために必要なのである。雨が降り羽に水がつき風邪が吹くとコンクリート地面に叩きつけられてしまう。それで怪我をするのを防ぎ、地面に落ちても人工芝を伝い、足吹きを通り巣箱に帰る。

 ミツバチは農薬に弱い。米のよりどころほどミツバチは生活できない。農薬が含まれた花粉や蜜を採ってきたミツバチは巣箱の入り口で門番に入れてもらえない。そのため巣箱の周りで死んでしまう。養蜂家のつらい場面である。しかし、銀座でミツバチを飼ったところ、予想を上回る量のハチミツが取れた。銀座ミツバチ、「銀パチ」の働き場は皇居や日比谷公園、浜離宮、銀座街路樹である。皇居では、在来種を守るために農薬を使用しない。そこらのソメイヨシノや菜の花からハチミツが作られる。このようなミツバチの様子から、住みやすい風景が見えてきた。ミツバチを通して銀座の状況が見えてきた。

 その活動は瞬く間に広がり、参加人数が増え、テレビや新聞の取材がきた。ソロモン人やシアトルの社長、イタリアの養蜂家も見に来た。さらには羽田空港のすぐ近くにある東京で最大規模の下水処理場である、森々崎水再生センターからも誘いを受けた。カラスに襲われてしまうコアジサシの雛を救うためだ。ミツバチは黒く光るものを追いかける習性があるのである。

 このようにして、ほんのおもしろそうだという試みから、コミュニティを通じ、銀座の環境や自然保護、環境問題が見えてきた。田中さんはもともと会議室を提供していたため、一人のなんでもない“WISH”がコミュニティとなり、情報発信されるということをずっと見てきた。それを今回は目に見える形で実感することとなった。銀パチのハチミツは松屋銀座で菓子に使用され販売されている。三笠会館のバーではカクテルになった。銀座グリーンプロジェクトという活動が誕生し、ビルの屋上菜園が広まるきっかけになった。ミツバチは、多くの見えなかったものを見える形にしてくれた。

 銀座ミツバチプロジェクトのファームエイドに、一度参加させて頂いた事がある。そのときにお願いしてビルの屋上のミツバチを見せてもらった。屋上に出ると、蜂が飛んでいて驚いた。騒がなければ大丈夫だと言われ、おそるおそる巣箱へ近づいた。たくさんの蜂が行きかっていた。周りは見渡す限りのビルで、異様な光景だった。田中さんのようにみんな銀パチと呼んでいて、道路でよたよた歩いている蜂を見かけると「飛べないの?頑張れ!」などと声を掛けていた。思っていたよりもミツバチは繊細でか弱かった。短い一生の中懸命に生きている。子供見学会では、そのような命の儚さも子供たちに伝わっているのではないだろうか。

 今回の講演は体調不良で行けなかったが、DVDで見させていただいた。蜂蜜の味見ができずに残念だ。非常に香りが強く癖のある味だったと聞いた。このプロジェクトは、銀座という土地のおかげで成功したと思う。銀座から自然保護や環境問題が見えてくるとは思わなかった。環境指標動物と言われるほどの繊細な生き物であるミツバチが住みやすい環境は、当然ながら人間にも良い。大企業にまで影響を与えている銀パチ。銀座だけではなくほかの土地にも広がったら、都会で自然保護をすることが人々のモラル向上に繋がるのではないだろうか。高級でおしゃれなイメージは人々の憧れとなる。それができるのが銀パチだと思う。