江戸川大学社会学部ライフデザイン学科3年 駄賃場桃子

 

期間 20081122(土)~24日(月)

 

22日(土)

新宿バスターミナルを出発、甲府駅から山梨大学大学院の鈴木さんに車で、津金まで送って頂いた。途中、夜景スポットに立ち寄る。本当に電車が夜空を走っているように見えるらしいが、時間が遅かったため見られなかった。しかし、夜空の星の多さに感動。その後ファミレスで食事後、空き家に宿泊。

 

指示待ちボランティア

 鈴木さんは、次の日の予定を聞く私たちに指示待ちボランティアという言葉を教えてくれた。ただ指示を受けるのを待っているのではなく、自分から動いて欲しいとのことだった。私たちは、次の日のおおよその予定だけを聞いた。

 

23日(日)

 9時起床。おいしい学校内の温泉に入ろうとしたところ、入浴時間が1時からとなっており、急きょ車で10分程の銭湯に連れて行ってもらう。

 その後、1時過ぎに他のメンバーと顔合わせのため資料館前に集合。集まったのは、山梨大学、山梨大学OB、法政大学、静岡大学OB、筑波大学、江戸川大学の20名ほど。夏津金よりも多かった。4班に別れ、それぞれの活動へ。鈴木さんの意向により全員にそれぞれの活動を体験してもらいたいということで、1時間ごとに、柿取り、壁塗り、祭り準備というスケジュール。

 

祭りに向けて

 まず私たちの班は、資料館内の厨房を借りて、翌日のりんご祭りで使用する柿の皮むきをした。小さい頃から柿が嫌いだった私は、興味本位で食べてみて意外と食べられることを知った。柿は事前に焼酎に浸けてあり、渋抜きされていた。熟している柿は柿ジャムに、薄くスライスしたものは柿フライになった。

 

鳥獣対策

 次は鳥獣対策のための柿採りをした。空き家にある柿の実を狙い、猿が里に下りてくることを防ぐためだ。竹の先を切り、ちょうど枝きりバサミのような形の棒を使用した。筑波大学の田中さんとペアになった。柿の実のなっている枝をうまくはさみ、回転させ、枝を折り曲げて切る。そのまま長い竹の棒を降ろし、相方に柿を取ってもらうという作業。田中さんがセンス抜群だったため、それを見てコツをつかんだ。

 しかし、いくら長い棒といっても限界があり、柿の木の上の実は残ってしまった。それでは鳥獣対策とはならない。単なる柿採り体験になってしまった。

 

壁塗り

次は車で「なかや」へ移動し、待ちに待った壁塗り。おおよそ出来上がっており、その修復作業をした。着衣が汚れるため、上着を脱いでの作業。初めて脚立のてっぺんに乗り、恐怖心とともに壁塗りの指示を受ける。さらに久しぶりに泥を握った。壁の端など、綺麗に埋まっていない部分に泥を塗り、平らに伸ばす。多く盛られている部位を取り除き、綺麗な壁に仕上げる。いつの間にか恐怖心を忘れ作業に夢中になった。

 

しし鍋

 その後、資料館に戻り、夜ご飯の準備をした。厨房に入ると、大きな肉と見られる赤黒い塊を切っていた。大量の野菜を切り、鍋に詰め込むという作業と、干し柿を作るための湯通し作業が同時に行われていた。干し柿は湯通ししたものでないと、衛生上売ることができないという。お蔭で厨房は混雑していた。

 

指示待ちボランティアの意味とリーダーの役割

 日が暮れてからは、外での作業ができないため、みんな資料館内でバラバラに作業をした。もうその頃には班など関係なく、それぞれ作業していた。私は厨房で料理の手伝いをしていたから、他の人が何をしていたかはよくわからない。しかし、ぶらぶらしていた人も居ただろうと思う。このような、特別な指示がない場合でも自分で動くことが大切なのだと思った。そこでわからないことがあれば聞く、という流れだとスムーズにいくと思うのだが、わからないことが多すぎだと感じた。

主催者の立場である山梨大学の情報の統一がされていなかった。後日鈴木さんが言っていたのは、思ったより動いてくれなかったとのことだ。他のOBの方が言っていたことは、リーダーは作業に入るのではなく、指示だけをするべきだということ。全体を見るべきなのだ。主催側の統率がされていないと、このような大人数の作業をまとめるのは難しいと感じた。

 

りんご農家の人手不足

 「りんご祭り」の前夜は、学生と地域の方との交流会を行った。しし鍋をご馳走になった。りんご農家の方やアトリエを持つアーティストの方が居た。地域の方からも料理をご馳走になった。途中、りんご農家の方からのお願いで、冬に手伝いをしてくれないかとのことだった。とても謙虚な方で、無理にとは言っていない、大変なことはさせないから、と何度も言っていた。それほど人手が足りないのかと心配になった。しかし、集まっていた学生は、みな津金が好きで集まっている。「そんなこと言わないで、手伝いますよ!!」と意欲的だった。みな好奇心が強くよく働く。私自身もやってみたいと思った。

 このように、手伝って欲しいと思っているほうは、悪い気がして申し訳ないと感じている。しかし、頼まれている学生はやったことのないことだし、「やってみたい!」という好奇心で溢れている。もっともっと、お願いしてしまっていいのではないかと思った。イベントを企画して一瞬で終わるより、農作業や普段の仕事を一緒にしたほうが地域交流は深まるし、両者へのメリットも大きい。住民の方は負担が減り、学生は貴重な体験ができる。

 

24日(月)

りんご祭り

 私は西川さんと法政大学4年の筒井さん、松井さんと、りんごジュースの試飲コーナーを担当した。そこには、りんご農家の方が45人程居てやり方を教えて頂いた。56箱のりんごをバケツの冷たい水で手洗いした。手の感覚が無くなるほどで、交代しながら作業した。

りんごを絞る機械は、金属製のシルバーの箱のような形だった。上のちょうどりんごが入るくらいの大きさの穴から一つずつ入れて、上から重りで押す。すると、果汁と果肉が分けられ、横の突起からストレートりんごジュースが出てくる。綺麗なクリーム色に近い黄色をしている。「甘くて、おいしい」。本当に今まで飲んだ中で一番においしかった。ここの担当になって良かったと感じた。

試飲が始まってからは、無料ということもあり行列ができた。りんごをどんどん入れるのでジュースがどんどん出てくる。小さな紙コップは一瞬でいっぱいになるので、集中する作業だった。上からりんごを入れる係り、ジュースを入れる係り、紙コップを渡す係り、お客さんに配りこぼれたのを拭く係り。勝手に分担ができていた。始めは、りんごを入れるのと汲むのをおじさんたちがやっていたのだが、どうしてもやりたくてお願いして替わっていただいた。思っていたよりもスピードが速く、大変だった。だがとても楽しかった。途中、りんごの皮がいっぱいになり詰まってしまった。その皮もクッキーやマフィンなどお菓子に使えそうだとみんなで話した。その後は交換しながら行った。おじさんたちはいつの間にか居なくなり、学生だけで行った。りんごを入れて重りで押す際に、強く押すとジュースがすごい勢いで出る。それを知ってから、また楽しかった。

 お客さんにも喜んで頂け、「ありがとう」、「とてもおいしい」と言ってもらえて嬉しかった。作っていたのを実際に覗きに来る人も居た。たくさんの笑顔を見られた時間だった。おじさんたちには、特別においしいりんごを選別していただき、こっそりたくさんくれた。みんな気さくでいい人たちばかりだった。

 その後は、りんごの皮むき大会にスタッフとして参加した。みんな、賞品のりんごのために必死だった。寒い中、多くの参加者が居た。チーム分けには動物の名前が使用されており、津金で出会うことができる動物たちらしい。ユニークだった。2070cm程までそれぞれだった。最下位の人にも賞品としてりんごが配られていた。

 

継続すること

今回訪れて感じたことは、津金の地域の方々にとても良くしてもらえたということである。みんな気さくでよく話してくれたし、興味を持ってくれた。それは、これまで活動してきた山梨大学や法政大学、静岡大学、江戸川大学の先輩方のお蔭だと思った。誰かが言っていたが、始めは学生が津金に大勢訪れることを煙たがられたらしい。住民の人から見たら、よそ者が大勢来てよくわからない活動を始めたので、当然のことだと思う。しかし、今まで続けてきたことで、ようやく受け入れられるようになったという。学生たちはみな、住民の方と出会うと挨拶や会釈をする。普段都会で暮らす私たちには考えられないことだ。しかし、そのことによって、「お邪魔します」、「こんにちは」などのコミュニケーションができる。

柿採りをしようとした際、地域の方が空き家にスズメバチの大きな蜂の巣があることを教えてくれた。蜂は寒くなると下を飛ぶのだと教えてくれた。危うく誰か死ぬところだった。

初対面の人を信じきって、いきなり仲良くなることは難しい。ましてや都会と田舎の人では境界が感じられる。それを長年続けること、コミュニケーションをはかることで乗り越えてきた。お邪魔している私たちは、何か恩返しできないかと思った。「地域に若者が来ることで活性化してきている」と、交流会の時に言われて、嬉しかった。りんご農家の手伝いがしたいと思った。

 

これからの津金

こうして地域が活性化して、学生が良い経験ができ、集まれる場所ができ、就職しても何年経っても(20代後半の参加者も居た)、年に12回みんなに会える。まだまだ途絶えてはならない活動だと思った。そのためには「後輩への伝承」が必要だし、多くの学生をまとめるリーダーが、各回にでも必要だ。私自身も、卒業しても長く参加したいと考えている。