江戸川大学社会学部ライフデザイン学科3年 領家 悠介
今回は、銀座ミツバチプロジェクト代表の田中淳夫さんにお話を聞いた。
・銀座ミツバチプロジェクトの始まり
田中さんは、紙パルプ会館の会長でもある。紙パルプ会館はそれまで周辺にあった建物をひとつにしたもので、主に会議室を貸し出ししたり、イベントに利用したりしている。まちのコミュニティづくりの場として、会場をまだまだ増やしていきたいと考えている。
あるとき、NPOの友人からビルの屋上を探している養蜂家がいると言われた。それが田中さんと同い年である藤原さんだった。田中さんは銀座で養蜂をすれば面白いと思い、一度会うことにした。しかし、ビルの屋上でミツバチを飼う安全性への疑問や、知識を一から学ばなければならないなどの問題があり、はじめは断ったが、その後もう一度会うことになり、現状を聞いた。当時、養蜂家は厳しい立場にあった。ミツバチは農薬に弱い。しかし周辺の農家に対して多くの人が声を上げられず、黙って立ち去るしかなかった。そこで、この話を受けることにしたのだ。こうして、銀座での養蜂がスタートした。
・銀座ミツバチプロジェクトの活動
銀座でミツバチを飼い始めてから、その数はどんどん増えていった。銀座のミツバチ(通称銀パチ)の蜜源は浜離宮、皇居、日比谷公園、街路樹などである。これらの木々は在来種保護のために木々に農薬を使っていない。これは、ミツバチにとって都合が良く、住みやすい環境だった。そして、毎週行っているボランティアでは、2~3時間働いてハチミツの小瓶がごほうびでもらえる。普通、街の中で毎週収穫の喜びを味わうことはなかなかできない体験だ。また、ボランティアのほかに子供見学会も行っている。はじめは怖がっていた子供たちも、指にとった蜜を吸うハチを見て、どんどん触るようになり、すっかり養蜂家気分になる。
こうして06年に始まった銀座の養蜂が、初年度は150kg、去年は290kg、そして今年は440kg採れた。これは、国内生産量の0・015%に相当する。採れたハチミツは、銀座の人々が持つさまざまな技を用いて形にした。松屋銀座ではカステラなどのスイーツに、銀座社交料飲協会の総会ではハチミツカクテルに、教会には蜜蝋を寄付した。
他にも、パリのオペラ座でも同じように養蜂をしていることと関連して、銀座でオペラを開催した。指揮者の友人と銀座でもできたらいいよね、と話していたことが実現したのだ。
このような活動や、一心不乱に蜜を取るミツバチの姿、木に実ができ、毛虫が出てそれを鳥が食べるという自然の様子などを通して、田中さんは環境との共生を強く意識するようになった。
・発展するプロジェクト
プロジェクトはさらに発展していった。新たにファームエイド銀座が始まったのだ。ファームエイドは、地域の料理、特産品の出展や、食、農業、環境をテーマにしたシンポジウムなどを、紙パルプ会館で行うイベントである。このイベントでこれまで出会うことのなかった人たちが出会い、新しいコミュニティ作りの場となっている。さらに、ミツバチは人と人との関係をつぎつぎに受粉していった。銀座での活動に刺激を受けた中延や多摩センターでもミツバチプロジェクトが発足し、銀座でもミツバチを応援しようと、屋上に花や野菜を植える銀座グリーンプロジェクトが始まった。これに伴い、紙パルプ会館でも屋上緑化を進めている。
このように、食べられる景観作りをすることによって、さまざまなコミュニティが生まれる。それは、プロジェクトに参加する人々の気持ちを植えることになるのだ。
・感想
ミツバチを中心にして、さまざまな年齢や職業の人が銀座に集まり、新しいコミュニティができるのはとても面白いと思った。田中さんやプロジェクトに参加する人が心から活動を楽しんでいるからこそ、人が集まり、応援しようという気になるのだろう。それがさらに新しいプロジェクトを生み、新しい人が集まってくる。こんなことができたら面白いという気持ちを行動に移してみることで、今まで誰もできなかったようなことが実現できるのかもしれない、と思った。