江戸川大学社会学部ライフデザイン学科2年 池谷ひかる

 

 1113日に、鈴木ゼミで日暮里やその周辺を散策した。初めて訪れた土地だったが、なぜか懐かしく温かい、そんな感情を抱いた。その懐かしさや温かさ、独特の雰囲気はどこから来るのか。キーワードをあげることで自分なりに考察してみた。

 

1.お墓のある町

 谷中霊園は日暮里駅から目と鼻の先にある。駅の近くに墓地があるなんてすごく不吉なように思えるが、この谷中霊園はそのような印象を受けなかった。谷中霊園の真ん中にある小道の両脇には何本もの木が植えられ、まるで公園を散歩しているかの様だった。歩き進めていると、墓地が日常生活の中に存在していることは不吉なことではないということに気づいた。墓地に眠っているのは、この日暮里の歴史を築いてきた先祖である。自分が住んでいる所にお墓を作るということは、その人たちが本当にこの土地が好きなのだということの表れ。この墓地は、今日暮里に住んでいる人も、今まで日暮里を作り上げてきた先祖も、日暮里を愛している象徴なのだと感じた。

 

2.温かい食べ物店があるまち

 谷中ぎんざには、揚げ物屋や、総菜屋、和菓子屋から洋菓子屋まで、様々な食べ物屋が狭い道を挟んでひしめき合っていた。その店一つ一つが活気や元気、そして笑顔であふれていた。私たちの姿を見て、「なんか調査してるのー?おいしいから食べていきなよ。」と気さくに話しかけてくださるお店の方々。この商店街では年配の方を多く見受けたが、皆さん明るく元気で、まるでこの街を象徴しているかのようだった。また、お店の人が丹精込めて作ったものを、その人の手で渡されることで、自然と笑みがこぼれ、そして会話が弾む。これもこの谷中ぎんざの活気の要因の一つであろう。そんな笑顔や活気が、コンビニやスーパーの総菜を電子レンジで温めた料理とは違う、谷中ぎんざの食べ物の温かさを生むのではないかと感じた。

 

3.季節の変化を感じるまち

 日暮里を歩いていて感じたのは、普通の街に比べて寺がたくさん存在しているということだ。寺を見るたびにホッと心が和み、都心にいることを忘れてしまう。寺があることで日本本来の姿を思い出し、何時間も電車を乗り継いで旅行をしているかのような錯覚に陥った。また、寺があることでそこに自然が存在する。私たちが行った時期は11月だったが、寺に生えた木々は、春になれば桜が咲き、夏は青葉を茂らせ、秋は紅葉、冬は雪をまとうであろう。このように目で季節の変化を感じることができるのも、都会と違った下町の良さである。

 

4.町に暮らした人の歴史があるまち

 商店街や街を歩いていると、ビルなどのコンクリート造りの建物はほとんど見受けられず、ほとんどが木造で昔ながらの街の姿がそこにはあった。また今まで街にあったものを壊すことをせず、手を加えて現代によみがえらせていた。例えば、朝倉文雄さんが住んでいた建物を朝倉彫塑美術館として一般公開していたり、空き家を利用した喫茶店や、昔ながらの銭湯があったり・・・。この街は昔の姿をそのまま持続させつつ、街の人たちが「もっと日暮里を良くしていこう」といって生み出されたアイディアでさらに街の味を深めて、今も人々に愛される『日暮里』という街の色を生み出してきたのだと感じた。

 

5.路地が多くて、車が少ないまち

 日暮里を歩いていて感じた事は、車が少ない、ということだ。ということと同時に、車が通れないような狭い路地が多いということにも気がついた。都心では車の騒音と排気ガスで満たされて、どこか忙しく冷たい印象を受ける。それに比べて日暮里は時間がとても穏やかでゆっくりと流れているように感じた。また徒歩という移動手段からか、街では様々なものを発見できた。猫が日向ぼっこをしているところ。循環バスの名前が『めぐるくん』という、洒落たネーミングであること。人々が皆笑顔でたわいもない会話をしているところ。車で移動していたら気がつかなかったことばかりだ。また自分の足で歩くと、ふと気になったところに寄り道したくなる。そしてまた日暮里にきて自分で新たな発見をしたくなる。そのため日暮里には今もなお人が集まってくるのではないかと考えた。

 

6.提言・ごみは持ち帰る

   まず、街を歩いていて思ったのが、谷中ぎんざはとても活気があり、どの店も営業していたが、そこから一歩外れると、シャッターが閉まっている店が多く、少し元気がないように感じた。谷中ぎんざの勢いに負けてしまっているのかもしれないが、自分たちも日暮里を元気にしているのだという自覚を持つことで、日暮里全体が活気づいていくと考える。

また、谷中ぎんざ付近にごみ箱を設置するべきだと考えた。一方で、ごみ箱自体が町を汚しかねないとも思った。谷中ぎんざは、できたての食べ物を歩きながら食べられるのが魅力のうちのひとつだ。しかし、その食べ物を食べた後に残ったゴミを、心無い人たちがそのまま道に捨ててしまうかもしれない。ゴミは街の景観を悪くする大きな要因である。実際谷中ぎんざの道にゴミが落ちているのを見かけた。気持ちよく谷中ぎんざを楽しむためにも、ゴミのない清潔な街にしてもらいたいために、お店で回収する、あるいはゴミは持ち帰るようにしたいものだ。

 

6.提言・背景も景観として考える

そして、何よりもこのままの日暮里を未来に継承していってほしいと願う。日暮里散策中、建設中の巨大なビルを見かけたとき、違和感を覚えた。日暮里の良さは、素朴で自然豊かなところだ。そこに都会の象徴であるビルが建っていたことで、景観が崩れてしまったように感じた。東京ディズニーランドでは、そこの雰囲気を存分に味わってもらうため、園内からビルやマンションが見えないような工夫がされているそうだ。それと同じように日暮里も日暮里独特の温かな雰囲気を味わうためにも、必要以上の都市化をせず、自然豊かな景観を大切にしてほしいと感じた。

 

7.歴史を継承し、本質を変えないまちづくりの魅力

私は今回初めて日暮里の街を歩いてみたが、都心にこのような昔ながらの商店街や寺や自然がたくさん存在していることが、意外であったと同時に、うれしく感じた。都心では、自分たちの歴史を壊してまでも、いかに新しいものを作れるか、いかに便利で刺激的なものを作れるかを競っているような気がする。しかしその結果は、どの街も同じ風景ばかりが広がり、便利だがそれぞれに色がない。そんな都市化が進んできてしまった。

先祖が作ってくれた歴史から現代へのバトンタッチができていない街は、深みがなく、代わりが存在する街になってしまう。しかしそんな都市化が進む都心で、日暮里は『変わらない』ということで、新しい文化や街の色を作り上げてきたのだ。それは街の人たちが、日暮里の事を好きでいたからこその結果なのではないか。

谷中霊園が駅の近くにあることで、先祖やその先祖が築いてきてくれた歴史を常に意識することができ、さらにその歴史を継承しようと意識することができる。谷中ぎんざの人たちの活気と温かさが、何度もここに足を運びたいという気持ちにさせる。そしてたくさんの自然が季節の移り変わりを感じさせ、たくさんの路地が存在することによって、いつ来ても違った一面を見せてくれるだろう。これからも、日暮里には『変わらない』という街づくりを続けていってほしいと感じた。