江戸川大学 2年 相澤真一

 はじめに

 1113日木曜日、鈴木輝隆江戸川大学教授の専門ゼミナールとライフデザイン演習・実習のメンバーで日暮里周辺のフィールド研修※1が行われ、日暮里駅~谷中霊園~朝倉彫刻館~谷中銀座と日暮里周辺を調査した。漠然としたものを細かく分析することによって、日暮里周辺のまちの魅力を意識下に収めるというのが狙いである。以下、日暮里の紹介、日暮里周辺のまちにおけるキーワード、まとめ、今後の課題の4段階に分けて展開していく。

 

 日暮里の紹介

 日暮里とは、現在の荒川区の中南部地域の事であり、地名では西日暮里、東日暮里に相当する。面積1.57k㎡、総人口71,021人(1930101日)

その起源は奈良時代で、当時は「武蔵野国豊島郡荒墓郷」と呼ばれていた。江戸時代になると、新堀と呼ばれるようになり、享保※2の頃から“一日中過ごしても飽きない里”という意味を重ねて日暮里(日暮らしの里)の文字が当てられ、1749年に正式な地名となった。1932年東京市※3編入により荒川区となる。産業、工業が盛んな一方、農業は壊滅状態にある。

 

 日暮里周辺のキーワード

“人が温かい”

 日暮里周辺を歩いて第一に感じたのが人の温かさだ。商店街をおばちゃんやおじちゃんが「ありがとう」「また来てね」等、笑顔で対応し、お客さんもそれに笑顔で答える。見ている方も心が温まる光景だった。

 人が温かいと感じる理由に、敬語を使わない事と店員さんの年齢が挙げられる。敬語を使わない事がお客さんとの対人距離※4を縮め、温かさとなっている。店員さんの年齢も重要だ。商店街の店員さんは、ほとんどがおじちゃんやおばちゃんである。もし、これが若い金髪の兄さんや姉さんだったら、唯の世間知らずの馬鹿にしか映らない。おじちゃん、おばちゃんだからこそ軽い言葉使いが許されると言える。

 本来、店員がお客さんに向って軽い言葉使いをするというのはあり得ない行為だ。しかし、日暮里ではそれが許される。日暮里という場の雰囲気がそうした行為を認めているからだ。

 

“食べ物がおいしそう”

 谷中銀座を歩いている際、お店で売られているから揚げやコロッケ等の食べ物がスーパーやコンビニ物と比べて美味しそうに感じた。なぜ、こうした食べ物が美味しそうに感じるのか、作り手が見える安心感、手作り、の2つが挙げられる。谷中銀座で売られていた食べ物は誰が作っているのか明確だ。また、作り手がはっきりしているから、生産者に対してもある程度信頼が持てる。そうした安心感が食べ物に対する魅力を引き立てている。

 手作りの感じが出ている事も重要な意味を持つ。スーパーやコンビニの商品のほとんどは、ある程度形が綺麗で、容器に入って販売されている。私たちはこうした商品に対して機械的な側面があることを潜在的に感じてしまっている。また、機械により大量生産で作られている商品には味の個性がない。歪な形をした商店街の食べ物には機械的な要素が介入してこないので美味しそうに感じるし、味の違いが明確なので魅力を感じる。また、“商店街の食べ物”という位置付け、雰囲気が美味しそうにさせている。

 

“建物が調和している”

 谷中銀座周辺は、建物の色が同系色で固められているため、突然寺社が現れても全体のバランスを損なわない。建物の高さが揃っていて、尚且つ高さがあまりないので圧迫感がない。圧迫感がないからこそ心地良くまちを散策する事が出来る場合もある。道が狭い路地等も人の関心を引き日暮里の魅力を高めている。

 

“人間>>>機械の構図ができている”

 食べ物の分野でも説明した通り、日暮里は機械的な要素の介入が少ない、人間>>>機械のまちだと言える。それが顕著に表れているのが車の運転だ。運転手達は前方に歩行者が歩いていても苛立つ様子も見せず車を運転している。運転手達は、ここでは歩行者が絶対的に強いというのが分かっており、そうした雰囲気が日暮里にはある。機械的なものが垣間見えないまちに心地良さが得られる場合もある。

 

 “雰囲気”はいい町の条件

 ここまで、4つのキーワードを挙げて日暮里のまちを考えてきたが、この中に共通したキーワードがある。“雰囲気”である。人が温かいのも、食べ物がおいしそうに感じるのも、建物の調和がとれているのも、人間的なものが強いまちなのも、全てまちの雰囲気がそうさせていると言える。これは、日暮里だけに限らず、一般的に魅力のあるとされている地域の多くに当てはまる。また、雰囲気というのは歴史と密接に関わり合っている。

 ②で述べたように、日暮里の起源は奈良時代(710年代)であり、古い歴史を持つことが分かる。江戸川大学のある千葉県流山市を確認できる最古の歴史は1800年代、柏市は1600年代であることを考えると、この歴史の古さが更に分かる。

 日暮里には、古い歴史に加えて、東京芸術大学や朝倉彫刻館、谷中霊園等、歴史、文化的施設が多く存在するし、森鴎外や宮本百合子のゆかりの地にもなっている。歴史の上に歴史が積み上げられ現在の雰囲気が形成されている。日暮里周辺のまちの最大の魅力は歴史に裏付けられた雰囲気だと言える。

 さらに、“雰囲気”とは何のよって形成されているかと考えてみた。“歴史”“文化”“景観”“人情”“食べ物”の5つが重要な要因になっていて、この要因が組み合わさって、オリジナリティを生み出し、また一方で懐かしさも感じさせ、永らえるまちづくりとなると思う。

 

 今後の課題

 今後の課題は、谷中銀座の周りの地域にマンション開発が進んでいる点だ。これでは、

谷中銀座から見えるまちの風景が壊れてしまう。京都のように色彩を周りに合わせる等して町の景観を保っていくべきである。

 

 

※1……フィールド研修とは、机上の学問とは違い、現場へ赴き学ぶ学習方法。

 

※2……享保(きょうほう、きょうほ)は、日本の元号の一つ。正徳の後、元文の前。1716年から1735年までの期間を指す。この時代の天皇は中御門天皇、桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川吉宗

 

※3……東京市(とうきょうし)は、旧東京府東部に1889年(明治22年)から1943年(昭和18年)までの間に存在していた市である。市域は現在の東京都区部(東京23区)に相当する。

 

※4……対人距離 (interpersonal distance) とは、人間がもっている他人との距離に関する意識のことをいう。社会学用語。

 

 

<出典>

・ウィキペディア百科事典