江戸川大学社会学部ライフデザイン学科2年 西川真世



 今回のローカルデザイン研究会は、東京国際フォーラム内にある相田みつを美術館で行われ、館長である相田一人さんに『地域と共に―相田みつを 創作の原点』というテーマでお話をしていただいた。

相田一人さんは相田みつをの長男で、出版社勤務を経て会社を設立し、平成8年に東京銀座に相田みつを美術館を開館した。相田みつをは栃木県足利市で生まれ育った。普通ならふるさとに美術館を作るものだが、相田一人さんは東京の銀座を選んだ。これは、「オリジナリティーがないと人は遠くまで来てくれない」。だから、高いところ(都心)から低いところ(田舎)へ情報を発信すれば届くのではないか、という相田さんは考え、ふるさとの足利ではなく都心の銀座に美術館を作った。また、銀座時代の7年間で、お客さんが歩いてくれると空間が揉まれて非常に良い空間になる、と思い、平成16年には東京国際フォーラム内に移転した。

 

相田みつをは大正13年に生まれ、17歳のときに書家に弟子入りし、22歳で書の全国コンクール1位になるほどの腕前だったが、60歳までは無名であった。書の特徴は、ひらがな中心、だれでも読める文字、見る人それぞれが自由に受け止めることができる、ということである。書こうと思えば様々な字体が書けたが自分の詩なので、あの独特な字体、そしてひらがなの書になった。すべての書は自分自身に向けた言葉でもある。詩は長い時間をかけて考え、ひとつの詩を何枚も書く。生涯ずっと書いていることもあった。一日平均床から天井に届くくらいの量を納得いくまで書くのだが、本人の納得のいく書はひとつもなかった。

また、区画整理の話が出たときには、孫の代に良かったと思われるような区画整理を、という願いから、反対運動をした。そして仲間が少ないにも関わらずたくさん勉強したおかげで勝ったのだ。地域や人のために区画整理組合審議委員長やPTA会長を務めたことが、数々の作品にリアリティを与えている。

 館内に展示されていた作品は、堅苦しい漢字は一切使われておらず、すぐに理解や共感できる詩ばかりだった。心に残る詩も多く、とても穏やかな気持ちになった。こんなにも多くの人を感動させられる相田みつをさんは、心が豊かで芯のある人間なのだろうと思った。