こんにちは!

 

タイトルにもある様に今回は

 

僕が「ディスレクシアを知った経緯」について書かせていただきます。

 

 

  小学生の頃

 

僕は小さい時から、特別頭が良かったわけではありませんでした。

小学生の頃もよく「おっちょこちょいミス」で指摘をされていました。

 

それでも、元気一杯で、

自分で言うのも恥ずかしいですが、人から好かれる性格をしていて

先生たちからの評判も良く、友人にも恵まれていました。

 

そのため、通知表の各教科の一番上の関心・意欲・態度は

(成績表にはこんな難しい表記はされてはいませんでしたが)

常に◎でという評価でした。

 

 

  中学生での挫折

 

そんな僕は幼い頃から運動が好きで、特にサッカーをすることが大好きでした。

 

そのため、中学校に上がった際には部活動でサッカーをするのではなく、

クラブチームでサッカーをすることにしました。

 

クラブチームの練習はとてもハードで、練習が終わった後で勉強をする

体力も体力も残っていませんでした。

 

小学生の頃はある程度勉強はできていたので、中学生になってもそれなりに

点数は取れるだろうと思い込み、勉強をそれほどせずにテストを迎えました。

 

そんななか迎えた初めての中間テストは

 

数学英語」ともに40点台でした。

 

40点台という点数は今まで取ったことがなく、始めて見た時には驚きました。

 

当時の僕は

 

「まあ、勉強時間が足りなかっただけだ!

 ちゃんと勉強する時間があれば、もう少しいい点数取れるっしょ!」

 

とあまりショックを受けず、楽観的に考えていました。

 

そして、期末テストの約1か月前から前回の反省点であった「勉強時間」は

練習で疲れていたとしても、眠い目をこすりながら、毎晩深夜まで勉強をするという

作戦で確保しました。

 

そらに、中間テスト終了後から、両親にお願いをして塾にも通わせてもらい

オフの日も勉強をするようになりました

 

こうして、反省点だった「勉強時間」を自分の中では万全の対策で

 

迎えた期末テストの結果は…

 

 

 

 

数学」は下がって30点台

英語」は健闘して60点台

ですが「おっちょこちょいミス」がかなり目立ちました。

 

 

 

 

2教科のテストが返却された瞬間、

僕の心の中で「パキッ」と何かがひび割れる音がしました。

 

この時から

英語」と「数学」を筆頭に、勉強に対しての苦手意識を持つようになりました。

 

さらに

 

「これだけやったのに、結果は変わらないなんて僕はダメな人間だ。」

努力は意味のないこと。」

と精神的にもマイナス思考を持つようになりました。

 

 

  期末テスト後

 

期末テスト後の授業は必死に受けていましたが、どんどん難しくなる授業内容に

ついていくことは難しくなりました。

 

さらには小テストでさえも、あまりよくない点数をとるようになりました。

 

せめて授業は真面目に受けようと考え、授業はまじめに受けるようになりました。

 

その結果、「授業を真面目に受けているから、理解できている」風の

生徒、S君が完成しました。

 

 

まじめに授業を受けているからこそ、学校や塾の先生たちからの評判はよく

 

君ならできるよ!

もっとやればできる!

サッカーの練習だけじゃなくて、勉強もなまけるなよ!

 

といったような「期待」が込められたメッセージをもらいました。

 

 

自分の中では

 

これ以上何をすればいいのさ!

なんでできないのか、自分でも分からないのに!

好きでこんな点数取りたくて、取ってるわけないじゃん!

 

という魂の叫びはありましたが、外に吐き出す勇気はなく

そのまま心の中にとどめていました。

 

そして、先生たちからの「期待」の込められたメッセージに応えるために、

 

努力不足

もっとやればできる

 

と自分に言い聞かせ、まじめに授業ををうけている風の日々を過ごしました。

 

また、勉強がちょっとできないモヤモヤ感を

サッカーにぶつけて、なんとか精神を保っていました。

 

 

  母の気が付き

 

なかなか思うような点数を取れない僕のことを心配して

中学1年生の夏休みのある日の晩に母が、

「今までの英語の復習を一緒にしよう」と言いい、

一緒にすることにしました。

 

母が

「『私は一匹の犬を飼っている。』をノートに英語で書いてみて。」というので

 

「I have a bog.」とノートに書きました。

 

母は一瞬〇を付けようとしましたが、途中で手を止め、×を付けました。

 

(※すでにお気づきの方が多いと思いますが、

  「dog」の「d」の部分が「」になっていたんですね。)

 

母は

「これじゃあドッグじゃなくて、ボッグになっちゃうよ!」

とケラケラと笑いました。

 

ですが、その時僕は頭の中で?がぐるぐる回り、

 

「母さんこそ何を言っているんだ!

 僕はしっかりとと書いているからdogじゃないか!」

 

と心の中で思い、母が言っている意味を理解できず、

納得のいかない表情を見せました。

 

そんな納得のいかない表情の僕を見て、母は少し表情を変えて

「言っている意味が分かんない?」と言い

「d」と「b」の違いを説明してくれました。

 

その説明を受けてやっと、自身のスペルミスに気が付きました。

 

意識していたのではなく、無意識的に「d」を「b」と書いていたんです。

 

その日は夜も遅かったので、

「集中力が切れてしまった」ということで二人とも

特に気にすることはありませんでした。

 

 

後日も母との勉強会は続きました。

そして、勉強会を始める前に、前日に行った内容を復習するようにしますが、

 

前日と同じ間違え方を何度も繰り返したり

思わず笑ってしまうようなスペルミス

単語を読み間違える

文章を読むのに時間がかかる」

 

ということが多々あり、

復習の復習から勉強会を始めないとならないという状態でした。

 

これほど、時間と労力をかけても成果が出ないことに対して、母は疑問を抱き、

時間」以外の「何かしらの原因があるのでは?

と思いましたがその時は原因は分からなかったそうです。

 

 

  何かの検査を受ける

 

勉強ができない理由も分からず、とりあえず夏休みの間は勉強会は続け

 

夏休み明けがあけ、後期の中間テストを迎えますが、結果は変わらず。

 

そんな中で偶然、母が病院で「学習障害」という名前を始めて聞き

その可能性があると思ったそうで、病院からの紹介で

検査をしてくれるNPO法人さんで「WISCⅣ」を受けました。

 

ですが、当時母親は「目的」や「検査の結果で何が分かるのか」

という情報はあまり話さず、「ちょっとした検査を受けてみよう!」とだけ言い

僕を連れて行きました。

 

「検査」という言葉を聞いて、

「怪しい病院のようなところに連れていかれるのでは?」

「部屋全体が白い壁に覆われていて、尋問みたいなことをされるのでは?」

といったようにただ、ただ不安でしかありませんでした。

 

実際の場所は自分の想像していたような場所ではなく、アットホームな場所でした。

 

そのためリラックスした状態で、「WISCⅣ」を受けることができ、

検査後は「なんかカッコイイ名前の検査を受けることができた」

と貴重な体験をして満足して帰った記憶があります。

 

 

  ディスレクシアだと分かる

 

検査をした後は特にその場所に行くことはなく、

母との勉強会を時折していたりしました。

 

ですが、数学もまずい状態だったので、塾を替えました。

替えた先でも、思うような点数が取れなかったため、

塾や通信教育などをコロコロと変え、結果を求めました。

 

それでも、結果はついてきませんでした。

 

そういったどこかひっかりがあるも、サッカーで発散をする日々を過ごし

月日は流れ、中学校2年生の夏ごろになりました。

 

母親から

「話したいことがある」と言われ席に座ると

 

「あなたは、

 学習障害の一つのディスレクシアと呼ばれる、読み書き障害がある」

と言われました。

 

中学2年の僕には「障害」という言葉はあまりに重く、

ハンマーで殴られたかのような衝撃を受けました。

 

その後、約一年前に受けた検査の目的や結果から分かったことを明かされ

それと同時に「ディスレクシア」の説明や自分の特性についても聞かされました。

 

自分に障害があるということが衝撃過ぎて受け入れきれず、

その時は情報が何も頭に入りませんでした。

 

ですが、心のどこかで

良かった

という安心感も少しありました。

 

なぜかというと、

今まで自分がいくら時間と労力を割いて、

他の人と同じように勉強をしても、

他の人の何倍もやっても努力が報われない

謎の原因が分かった

からです。

 

 

 

ここから、さらにいろいろな経験をすることになりますが、

今回は「ディスレクシアだと分かった経緯」ということですので

ここまでにしたいと思います。

 

ここまでお読みくださいましてありがとうございます。

 

この文章を書きながら、中学生の頃の自分のことを

思い出すきっかけにもなり、

頑張っていた中学生の自分を誉めてあげたいと思えました。

 

ただ、中学生のころの自分にどうしても言いたいことが出来てしまいました。

この場をお借りして、少し失礼いたします。

 

 

  中学生のころの僕へ

 

「弱音を吐いてもいいんだよ。

 挫折をした時、先生からの「期待の言葉」をかけられた時、母親との勉強会の時、

 全て心で思っていたこと溜め込んだ。よく我慢した。

 でもね、吐き出すことも大切。

 上手く言えなくてもいい。思ったことを吐き出せば、少しはこころが楽になる。

 

 『口に出すことで、出された相手が嫌な思いをするかも』とか、

 『弱音を吐くなんてかっこ悪い』と思うかもしれない。 

 でもね、弱音を吐き出さないと自分が破裂してしまうよ。

 

 もし破裂する前に弱音を吐き出せたら、

 誰かが気が付いて手を差し伸べて、

 一緒に解決してくれたり、悩んでくれるかもしれない。

 弱音を吐き出さないと、何に困っているのか周りの人は気が付けないよ。

 

 自分のためにも、周りで手を差し伸べてくれようとしている人たちのためにも

 弱音を吐いてみな。

 

 必ず支えてくれる人がいてくれるから。」

 

 

過去の自分に届くことはありませんが、

これからの自分のためにも、大切にしたいと思います。

 

 

 

 

今回は自分の体験談だけで、読んでいただいた方には

あまり有益な情報をお届けできていないかもしれません。

 

ですが

「そういった間違え、あるある!」

「こういったケースもあるのか~」

と少しでも読んでいただいた方の知識や情報になれればなと思います。

 

最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

 

今後もマイペースに投稿させていただきますので、ご機会があればまたお願いいたします。