「見た目」で不合格 神奈川県立高校謝罪、校長更迭
神奈川県教育委員会は29日、平塚市の県立神田高校の2005、06、08年度の入学試験で、願書受付時..........≪続きを読む≫
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神奈川県教育委員会は29日、平塚市の県立神田高校の2005、06、08年度の入学試験で、願書受付時や受験時の服装、態度などが悪かったことを理由に22人を不合格としていたことを明らかにした。
22人の学生は、内申書、学力試験、面接の総合的な成績順位は合格圏内に入っていたという。県教育委員会は、当該生徒、保護者の希望があれば入学を許可することも検討する。
記者会見で校長は、「先生方の生徒指導の負担軽減とまじめな子をとっていきたいという思いだけだった。大変申し訳なく思っている」と頭を下げた。また、同校の校長は11月1日付けで総合教育センター専任主幹に異動となった。
これに対し、ネットでは「明確な審査基準もなく、校長のさじ加減一つでどうにでもできるものなんて駄目に決まってるだろ!」と同校の対応を非難する声がある一方、「なんでだめなの?」「公立の先生はタイヘンだ…」「こんなの就職試験じゃ当たり前だろ。早くからマナーを判らせた方が良い」など校長を擁護する声もある。また、「選考基準として公表されていればある程度は問題ない」「明示することで、逆に学校の校風、求める人材像が伝わる。やり方の問題」という意見もあるようだ。
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メラビアンの法則では、人間は9割以上見た目で判断する生き物であります。
ファーストインプレッションが悪ければ、それを覆すのはかなり大変なのです。
ま、それはともかく・・・
受験の時なんて特にそうだけど、キチンとした態で臨むというのは当たり前すぎてわざわざ文書で通達したり、事前説明なんて必要なモンでしょうかね?笑
受験の合否がどうとかいう以前の、人間として対人マナーの基本中の基本じゃないかと思うんですよね。
そんな相手に失礼にならないように・・・とか礼儀や思いやりといったところが完全に崩壊しちゃって、『なんでそんなところで礼儀が必要なんだ?』なんて向き合い方しか出来ない子供と、そんな子供にしか育てられない家庭、場合によってはそれでいいと思っている親・・・日本は醜い国になっちゃったと感じますね。
その人にとって重要な局面では襟を正して臨む・・・事前に説明を受けていないからそれを批難するのはけしからんなんて・・・人間の精神・日本文化の柱的な部分まで、取扱説明書にしないといけないなんて、情けないったらありゃしない。
そんな礼儀を弁えない人間に、自由に振る舞うのはさも正当な権利であるようなはき違えたことをのうのうと主張して欲しくないですな。
一方、学校側も、問題があるならその場でキチンと指摘しなさいよ。
その場では知らん顔して、結果的に落とすというのは卑怯だね。
その場でダメなものはダメ、よくないものはよくないと指摘しなさいよ。
そう言うのを、向き合ってないって言うんですよ。
それに、『身なりがだらしない子供でも、俺らがこいつらをいっぱしに成長させてやる!』って気概を持って欲しいですね。
学校側が設定した合格ラインを超えているということは、素養的には大丈夫だと学校は判断するってことでしょう?
そんで、外部から指摘が入った途端に自分たちの行為を覆すなんて、ポリシーや信念のかけらもないんじゃない?
そんなんだから子供になめられるんだよ。信用されなくなるんだよ。
大人よもっと筋を通せ!
と思った出来事でした。
本来はもっと早くにこの問題を取り上げてみたかったのですが、なかなか考え出すとシンプルにまとめる事の出来ない問題なもので、結果的に山崎さんのブログを受けての日記となってしまいました。笑
山崎さんのブログでは、生業として政治家を見てみた場合“おいしい”職業だから世襲も起こるのか?それとももっと精神的な(正義感とか?帝王教育がなされているからとか?)問題が大きいのか?という問いかけではなかったと思います。
このブログは山崎さんの問いかけに応えるものでは必ずしもありませんが、その問いかけから話の展開をスタートさせてみたいと思います。
まず、純粋に生業としての政治家について考えてみます。
国会議員の給与に関してこんなサイトを見つけました。
http://www.kyudan.com/opinion/salary.htm
そこには下記のような事が記されています。(一部抜粋)
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具体的には、現在は手当てなどついて、無役の平議員で月額 137万5000円だが2002年4月からは暫定的に123万7500円に減額されている。 これにボーナスにあたる期末手当てが年間 718万円。 ボーナスは一定ではなく度々変更されている。 ここまでが課税所得で、その他に「文書通信交通滞在費」として月額100万円支給される。 これは経費に当たり非課税。
これら実収入に加えて、勤続25年以上の議員にはさらに月額30万円の特別交通費が加算される。 これとは別に、上記にあるように、JR各社や航空会社の特殊乗車券(航空券)なども提供されている上に、公務出張の場合は別途実費の交通費等が支給される。 その上、海外視察費として衆議院議員170万円、参議院議員165万円がある。
「立法調査費」として議員一人につき月額65万円が議員の所属する政党に支給される。 また、議事堂の裏にある議員会館に約40平米の事務所が無料で与えられ、地方出身者用には豪華マンションが宿舎として格安で提供される。
国会議員一人あたり3名の公設秘書の給与が与えられる。 公設秘書の給与は、年齢と勤続年数で段階があるが、平均すると、政策秘書約1000万円、第一秘書約800万円、第二秘書約500万円ほどで、合計約2300万円ほどになる。
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単純に頂けるお金だけを見てみれば、確かに“おいしい”仕事かもしれません。
それにやはり議員でいることの既得権益はそれなり(ということは“かなり”と言うことですが)のものでありましょう。ちまたでは政治資金の出所や金額なんかばかりが気になるようですが、例えば自宅を建てるにしても、工務店から受けるサービスは一般の人が建築する場合に比べて遙かに優遇されているでしょうし、資産を増やす行為なんかもかなり有利なんじゃないでしょうか。
それに加えて先生、先生とおだて持ち上げられるのですから、自尊心が強く権威主義的な人間なら間違いなく勘違いを起こしてしまいます。
政治家を3日やったら辞められない・・・とはよく言われることですね。
でも、単に偉そうにしていただけではそんな立場もあっという間に危うくなります。
何と言っても政治家は有権者=地元の人々に指示していただいてこそ。
その為には、まず当然ながら地元に目に見える形で利益を誘導しなければいけません。
信号一つ、公共事業一つ、どんな事であろうともです。
政治家でいようと思ったら、『日本全体を守るために、この地域には犠牲になってもらう』なんて事いえるはず無いのはおわかりになりますね。
そして、地元の支持者へ“政治報告会”なんて称して集まっていただき、お酌をしてまわります。
地元のおじさま達は『おれが当選させてやったんだ』とふんぞり返りまくり。
そんな“お礼”を欠きはじめようものなら、とたんに『あいつは政治家になった途端に偉ぶるようになった』と揶揄されます。
また、所詮落選してしまえばただの人。たった4年政治家を勤めて消えゆく人もおります。
議員の恩給は4期以上勤めなければつかないはずです。議員特別年金は正々堂々ともらえる代物ではなくなってしまいました。
普通のサラリーマンや自営業の人が直面してもさほど大きな問題にはならないことでも、政治生命を脅かしかねないスキャンダルとして公衆に恥をさらすことになりかねないというリスクも背負ってしまいますから、これまで論った事柄を考えて、果たして“生業としての政治家”はおいしい職業かどうかというのは、各自ご判断いただけたらと思います。
自営業を営む親が自らの子に跡を継がせようとする理由はなんでしょうか?
職業的な安定が一番大きな事柄かもしれませんが、では負債を抱えている企業はすべからく廃業して子供に迷惑をかけないようにしているか?と言うと、そうでもない気がします。
私の身の回りの中小企業を見ていても、負債を抱えているが事業はキチンと継続しており、子供が跡を継ぐべく取締役に収まっているところは多々あります。
農家にしても、安定収益が得られない=子供が継がないという方程式は必ずも成り立っているわけではなさそうです。
逆に、ペンションのような1代で脱サラして夢を追って始めたような所は子供に跡を継がせず、廃業しているところをよく見かけます。
子供が継ぐのを拒んでいるのか、親が拒んでいるのかはそれぞれの家庭で違うでしょうが、この場合はビジネスとして安定収益を望めないというのがその理由のほとんどではないでしょうか。
これらのことから、収益的な理由で跡を継ぐ・廃業するという前に、実はその家庭・一族がその歴史的にどれだけその業にコミットしてきたか?という事が跡を継ぐ・廃業するという決断に大きく関わっている気がするのです。
つまり、その仕事に固執するかしないか、というのは単にお金を儲けられるか否かということに対し優先しているのではないかと思うのです。
一族、あるいは親子何代に(北海道の場合、祖父が始めたあたりが一番多いと思いますが)わたり続いてきたところは多少収益が苦しくとも続けているところが多い気がしますし、親が始めたようなものは廃業することにそれほどの躊躇はないような気がします。
代々継続している事業は、その歴史の長さだけ取引先や顧客と言った繋がり・笧が多くなるでしょうから、社会との繋がりがどれだけ深いか、影響が及んでいるか?と言うこともその歴史と同じに見てもいいかもしれませんね。
政治家も同じではないでしょうか。
親子代々政治家であれば、その土地・選挙区ではもうその政治家の子供が世襲して立候補するというのは極めて自然なことであろうと思います。
子供は親の背中を見て育ちます。
ましてや祖父の代から既に政治家であれば、子供が政治家の家庭で育つ、政治家という存在、政治・選挙というイベントを身近に感じるというのはしごく当たり前のことでしょう。
それは、農家で育った人が、都会で育った人よりも農業を身近に感じることと全く同様のことではないかと思います。
そこに正義感があるかないかはわかりません。子供が小さい頃より政治家になるべく意識付けされていたかどうかはわかりません。
しかし間違いなく、政治家の子息はそうではない家庭の子息よりも政治家になることにメンタルハザードは少ないはずです。
そしてさらに無視できないのは社会的要因です。
変わることに抵抗を感じ、なおかつ利害関係が色濃く出てくる保守的な田舎などは特にそうでしょうね。
新しい者が出るには非常に困難を伴います。
しかもそうやって目立つ・矢面に立つような苦労を自ら背負うことが、今の物質的に豊かな日本では身内から簡単に反対されてしまいますし、そこまでしなくとも人並み以上の生活はおくれる世の中です。
マスコミも毎日政治家や官僚の汚職やエゴイスティックな側面ばかりを面白おかしくニュースにします。
これだけ政治にネガティブなイメージを植え付けておいて、果たしてどれだけの意志ある人間がゼロから政治を目指すでしょうか?
これだけの条件下では、政治家の世襲は極めて当たり前のことではないかと思うのです。
マスコミがどんなにそれが“問題だ”と言っても、有権者が世襲政治家を選んでいるという事実は変わりません。
さて、最後のポイントになりますが、世襲政治家、2代目・3代目と言った政治家は本当に問題なのでしょうか?
いや、そもそもどのようなところが問題なのでしょうか?
打たれ弱い?
新しい考え方が出来ない?
笧から抜け出ることが出来ない?
安倍元首相・・・確かに打たれ弱かったですねぇ・・・
福田元首相・・・確かにしがらみにとらわれたまま古い自民党に戻しちゃいましたねぇ・・・
でも、打たれ弱いのは民主党の若手もかなり弱いですよ・・・
共産党や社民党は斬新な考え方、問題解決策を提示してますか?
そもそも政党政治それ自体が“笧”以外のなにものでもないのではないでしょうか?
問題は世襲政治家だからと言うことではなくって、その人の資質やその人を取り巻く環境なのではないでしょうかね。
もし重要なのはその人の出身ではなくて、考えや実行力なのだとするならば、世襲政治家か否かが問題なのではなくて、その人個人の資質ということですよね。
そして、世襲政治家ばかりが世にあふれることが問題なのであれば、それを選挙で当選させている社会・有権者・国民、それ自体の資質も問われてしかるべきではないかと思うのです。
物事の動向を捉える、分析する、分類するということに、一般論としての大別(ここでいう世襲政治家とか、日本人、アメリカ人とか)はある程度までは必要かとは思いますが、あまりそこばかりにとらわれすぎると、物事の本質を見失ったり、卓上の空論となってしまったりするのではないかと思います。
現状でマスコミが垂れ流す世襲政治家問題論はまさにバランスを欠いた妬みや嫉みの入り交じるエログロなものにしか私には思えないのです。
山崎さんのブログでは、生業として政治家を見てみた場合“おいしい”職業だから世襲も起こるのか?それとももっと精神的な(正義感とか?帝王教育がなされているからとか?)問題が大きいのか?という問いかけではなかったと思います。
このブログは山崎さんの問いかけに応えるものでは必ずしもありませんが、その問いかけから話の展開をスタートさせてみたいと思います。
まず、純粋に生業としての政治家について考えてみます。
国会議員の給与に関してこんなサイトを見つけました。
http://www.kyudan.com/opinion/salary.htm
そこには下記のような事が記されています。(一部抜粋)
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具体的には、現在は手当てなどついて、無役の平議員で月額 137万5000円だが2002年4月からは暫定的に123万7500円に減額されている。 これにボーナスにあたる期末手当てが年間 718万円。 ボーナスは一定ではなく度々変更されている。 ここまでが課税所得で、その他に「文書通信交通滞在費」として月額100万円支給される。 これは経費に当たり非課税。
これら実収入に加えて、勤続25年以上の議員にはさらに月額30万円の特別交通費が加算される。 これとは別に、上記にあるように、JR各社や航空会社の特殊乗車券(航空券)なども提供されている上に、公務出張の場合は別途実費の交通費等が支給される。 その上、海外視察費として衆議院議員170万円、参議院議員165万円がある。
「立法調査費」として議員一人につき月額65万円が議員の所属する政党に支給される。 また、議事堂の裏にある議員会館に約40平米の事務所が無料で与えられ、地方出身者用には豪華マンションが宿舎として格安で提供される。
国会議員一人あたり3名の公設秘書の給与が与えられる。 公設秘書の給与は、年齢と勤続年数で段階があるが、平均すると、政策秘書約1000万円、第一秘書約800万円、第二秘書約500万円ほどで、合計約2300万円ほどになる。
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単純に頂けるお金だけを見てみれば、確かに“おいしい”仕事かもしれません。
それにやはり議員でいることの既得権益はそれなり(ということは“かなり”と言うことですが)のものでありましょう。ちまたでは政治資金の出所や金額なんかばかりが気になるようですが、例えば自宅を建てるにしても、工務店から受けるサービスは一般の人が建築する場合に比べて遙かに優遇されているでしょうし、資産を増やす行為なんかもかなり有利なんじゃないでしょうか。
それに加えて先生、先生とおだて持ち上げられるのですから、自尊心が強く権威主義的な人間なら間違いなく勘違いを起こしてしまいます。
政治家を3日やったら辞められない・・・とはよく言われることですね。
でも、単に偉そうにしていただけではそんな立場もあっという間に危うくなります。
何と言っても政治家は有権者=地元の人々に指示していただいてこそ。
その為には、まず当然ながら地元に目に見える形で利益を誘導しなければいけません。
信号一つ、公共事業一つ、どんな事であろうともです。
政治家でいようと思ったら、『日本全体を守るために、この地域には犠牲になってもらう』なんて事いえるはず無いのはおわかりになりますね。
そして、地元の支持者へ“政治報告会”なんて称して集まっていただき、お酌をしてまわります。
地元のおじさま達は『おれが当選させてやったんだ』とふんぞり返りまくり。
そんな“お礼”を欠きはじめようものなら、とたんに『あいつは政治家になった途端に偉ぶるようになった』と揶揄されます。
また、所詮落選してしまえばただの人。たった4年政治家を勤めて消えゆく人もおります。
議員の恩給は4期以上勤めなければつかないはずです。議員特別年金は正々堂々ともらえる代物ではなくなってしまいました。
普通のサラリーマンや自営業の人が直面してもさほど大きな問題にはならないことでも、政治生命を脅かしかねないスキャンダルとして公衆に恥をさらすことになりかねないというリスクも背負ってしまいますから、これまで論った事柄を考えて、果たして“生業としての政治家”はおいしい職業かどうかというのは、各自ご判断いただけたらと思います。
自営業を営む親が自らの子に跡を継がせようとする理由はなんでしょうか?
職業的な安定が一番大きな事柄かもしれませんが、では負債を抱えている企業はすべからく廃業して子供に迷惑をかけないようにしているか?と言うと、そうでもない気がします。
私の身の回りの中小企業を見ていても、負債を抱えているが事業はキチンと継続しており、子供が跡を継ぐべく取締役に収まっているところは多々あります。
農家にしても、安定収益が得られない=子供が継がないという方程式は必ずも成り立っているわけではなさそうです。
逆に、ペンションのような1代で脱サラして夢を追って始めたような所は子供に跡を継がせず、廃業しているところをよく見かけます。
子供が継ぐのを拒んでいるのか、親が拒んでいるのかはそれぞれの家庭で違うでしょうが、この場合はビジネスとして安定収益を望めないというのがその理由のほとんどではないでしょうか。
これらのことから、収益的な理由で跡を継ぐ・廃業するという前に、実はその家庭・一族がその歴史的にどれだけその業にコミットしてきたか?という事が跡を継ぐ・廃業するという決断に大きく関わっている気がするのです。
つまり、その仕事に固執するかしないか、というのは単にお金を儲けられるか否かということに対し優先しているのではないかと思うのです。
一族、あるいは親子何代に(北海道の場合、祖父が始めたあたりが一番多いと思いますが)わたり続いてきたところは多少収益が苦しくとも続けているところが多い気がしますし、親が始めたようなものは廃業することにそれほどの躊躇はないような気がします。
代々継続している事業は、その歴史の長さだけ取引先や顧客と言った繋がり・笧が多くなるでしょうから、社会との繋がりがどれだけ深いか、影響が及んでいるか?と言うこともその歴史と同じに見てもいいかもしれませんね。
政治家も同じではないでしょうか。
親子代々政治家であれば、その土地・選挙区ではもうその政治家の子供が世襲して立候補するというのは極めて自然なことであろうと思います。
子供は親の背中を見て育ちます。
ましてや祖父の代から既に政治家であれば、子供が政治家の家庭で育つ、政治家という存在、政治・選挙というイベントを身近に感じるというのはしごく当たり前のことでしょう。
それは、農家で育った人が、都会で育った人よりも農業を身近に感じることと全く同様のことではないかと思います。
そこに正義感があるかないかはわかりません。子供が小さい頃より政治家になるべく意識付けされていたかどうかはわかりません。
しかし間違いなく、政治家の子息はそうではない家庭の子息よりも政治家になることにメンタルハザードは少ないはずです。
そしてさらに無視できないのは社会的要因です。
変わることに抵抗を感じ、なおかつ利害関係が色濃く出てくる保守的な田舎などは特にそうでしょうね。
新しい者が出るには非常に困難を伴います。
しかもそうやって目立つ・矢面に立つような苦労を自ら背負うことが、今の物質的に豊かな日本では身内から簡単に反対されてしまいますし、そこまでしなくとも人並み以上の生活はおくれる世の中です。
マスコミも毎日政治家や官僚の汚職やエゴイスティックな側面ばかりを面白おかしくニュースにします。
これだけ政治にネガティブなイメージを植え付けておいて、果たしてどれだけの意志ある人間がゼロから政治を目指すでしょうか?
これだけの条件下では、政治家の世襲は極めて当たり前のことではないかと思うのです。
マスコミがどんなにそれが“問題だ”と言っても、有権者が世襲政治家を選んでいるという事実は変わりません。
さて、最後のポイントになりますが、世襲政治家、2代目・3代目と言った政治家は本当に問題なのでしょうか?
いや、そもそもどのようなところが問題なのでしょうか?
打たれ弱い?
新しい考え方が出来ない?
笧から抜け出ることが出来ない?
安倍元首相・・・確かに打たれ弱かったですねぇ・・・
福田元首相・・・確かにしがらみにとらわれたまま古い自民党に戻しちゃいましたねぇ・・・
でも、打たれ弱いのは民主党の若手もかなり弱いですよ・・・
共産党や社民党は斬新な考え方、問題解決策を提示してますか?
そもそも政党政治それ自体が“笧”以外のなにものでもないのではないでしょうか?
問題は世襲政治家だからと言うことではなくって、その人の資質やその人を取り巻く環境なのではないでしょうかね。
もし重要なのはその人の出身ではなくて、考えや実行力なのだとするならば、世襲政治家か否かが問題なのではなくて、その人個人の資質ということですよね。
そして、世襲政治家ばかりが世にあふれることが問題なのであれば、それを選挙で当選させている社会・有権者・国民、それ自体の資質も問われてしかるべきではないかと思うのです。
物事の動向を捉える、分析する、分類するということに、一般論としての大別(ここでいう世襲政治家とか、日本人、アメリカ人とか)はある程度までは必要かとは思いますが、あまりそこばかりにとらわれすぎると、物事の本質を見失ったり、卓上の空論となってしまったりするのではないかと思います。
現状でマスコミが垂れ流す世襲政治家問題論はまさにバランスを欠いた妬みや嫉みの入り交じるエログロなものにしか私には思えないのです。
事故とそれをとりまく動静を受けて決断したようですね。
これまでだっていろいろ努力はしてきたけれど、そこまで叩かれちゃしょうがない・・・的な雰囲気が社長のコメントからは感じられたなぁ。
現状では、製造販売側ばかりに責任追及の声が上がっているけれど、
食べる側、食べさせる側にだって、食する、食させるにあたっての注意義務が当然にあるのは明らか。
なぜなら、食の安全は製造販売側の一方的な負担や努力では決してなしえないものだから。
重要なのは、このように食べるという行為で命を失わないようにするにはどうしたらよいか?ということで、こんにゃくゼリーけしからんと社会的に抹殺してしまうことではないはず。
今のような決着では、いずれまた別の“新しい商品で”(もちとか昔からあるやつではなくね。w)同じような問題が起きて、マスコミが『あの事件は教訓として生かされなかった!』なんて報道をするのが目に見えている気がする。
この事件をそんな歪な決着にしてしまわない為にも、今一度“事故を起こさない為の”それぞれの責任についてバランスよく考えて欲しいものです。
初めましてのアメブロです。
これからよろしくお願いいたします。
もっと“遊び心”ってタイトルを大きく表示したいなぁ・・・とか考えて、いったいどんな方がアメブロで日記書いてるんだろうと見ておりました。
で、当然ながら有名人のところも覗いてみたわけで。
有名人はそれぞれにキチンとブログタイトルを作って貼り付けているから、そもそも僕のような問題は抱えていないのですね。笑
それはともかく、有名人の“文化人”というカテゴリーに東国原 宮崎県知事のブログを発見。
政治家というカテゴリーはないので、じゃぁどこに入れるの?と言うことだけれど、現在の設定ではやはり“文化人”が適当か・・・などと考えてしまいました。
ブログを開設した割にちょっと多忙が続くので、更新しても“閑話”が多いかも。
まぁ、気長にお付き合い下されば幸いです。
これからよろしくお願いいたします。
もっと“遊び心”ってタイトルを大きく表示したいなぁ・・・とか考えて、いったいどんな方がアメブロで日記書いてるんだろうと見ておりました。
で、当然ながら有名人のところも覗いてみたわけで。
有名人はそれぞれにキチンとブログタイトルを作って貼り付けているから、そもそも僕のような問題は抱えていないのですね。笑
それはともかく、有名人の“文化人”というカテゴリーに東国原 宮崎県知事のブログを発見。
政治家というカテゴリーはないので、じゃぁどこに入れるの?と言うことだけれど、現在の設定ではやはり“文化人”が適当か・・・などと考えてしまいました。
ブログを開設した割にちょっと多忙が続くので、更新しても“閑話”が多いかも。
まぁ、気長にお付き合い下されば幸いです。