咎メ -中編- 1/4
天を覆う雲が暁に染まっている。見上げると雲は渦を巻き、その中心に円い隙間がぽっかりと空いている。隙間の奥に空は無く、まるで別世界に繋がっているかのような黒い穴が生まれていた。
その数秒の予兆の間、ミハエルはゆっくりと歩を進める。そして黒い光の柱が、轟音と共に彼の背後に向けて天から降り注いだ。芝生を焼き付くし、真円の傷を大地に残す。
閃光と轟音によって生まれた一瞬の静寂。誰かが挙げた慟哭の声を合図にそれは消され、辺りは再び戦いの怒号に包まれる。
ミハエルは目の前に立つ敵に向けて言い放った。
「無駄だバエル。お前の力は不意討ちにしか使えない」
焦りと怒りの入り交じる表情でバエルはミハエルを睨み付ける。ミハエルが剣を構えると、バエルは天を仰ぎ見羽ばたいた。
「無様な魔王だ」
飛び立ったばかりのバエルを不意に突風が襲う。十枚の翼に傷を作りながらバエルは地に転げ落ちた。
何処かで一匹の悪魔を斬り殺しながらアルマロスが呟いた。
「卑怯者を逃がさないのが僕の役目だよ」
歪めた表情で地を睨みながら体を起こすバエルに、ミハエルはゆっくりと歩み寄る。手にした剣に、全ての憎しみを余すことなく注ぎ込むように。ゆっくり、ゆっくり。
「こんな奴に‥‥」
勝利への確信は、それまで不思議と冷静だった彼の心に負の感情を溢れさせた。
「こんな奴に父さんは‥‥!」
「はっ‥‥それが英雄の目か?お前らが『世界の英雄』?精鋭隊『メシア』!?勘違いも甚だしい!」
バエルの眼前に立ち、ミハエルは高く、憎しみの剣を振り上げた。
「『復讐鬼』なんだよお前らは!俺とお前のどちらがまともな殺人者か、知らぬまま英雄気取りで地獄に堕ちろ!」
言い放った瞬間、魔王の『声』を聞いた数匹の悪魔がミハエルへと襲いかかる。剣を降り下ろした先には、八枚の翼を持つ悪魔がうつ伏せにぐったりと倒れていた。
ミハエルは再び剣を構え、背後から襲い来る悪魔達へと体を向けた。
「邪魔だ!」
*
七度目に敵を殺したあの日、迷いの無い道ほど棄てる覚悟が出来るものだと知った。迷いを感じ、確かめる必要があったから、もう一つの道を棄て、それまで進んだ一歩の意味は薄れ、
こうして今も、俺はここに立っている。殺せなかった、八度目の敵を目の前に。
「ベレト‥‥あんたは話の通じる相手だと思っていたのに。あんたが俺に迷いをくれたのに!」
既に戦意は無かった。この時代での最強の悪魔と呼ばれる敵を前に、『力』を持たない己の敗北を悟ったからだ。だが、それだけではない。
信じていたのは、人の心を失わない敵もいるのだということ。
「俺がいつも手を抜いた戦いをしていたからか?くだらん。俺がお前らに慈悲を与えていたとでも思ったか」
ベレトの足元には、何人もの兵士達が焼け焦げ倒れている。指先を、そっと彼の頭部に向けながらベレトは言った。
「俺達が貴様らを殺す意味と、貴様らが俺達を殺す意味は違う。それだけだ」
「だったらどうして!」
放たれた電撃により、消し炭と化したそれは地に崩れ落ちた。
「どうして、だと?‥そんな疑問、すぐに忘れるんだろ‥‥‥悪いなヴォルス。俺達ももう、余裕無いんだよ」
左肩に違和感を感じたのは、言い終えた瞬間だった。果物に包丁を叩き付けた跡のように、左肩は巨大な斧によってザックリと割れていた。数センチ残った肉で辛うじて繋がっている左腕がぶらんと垂れ下がっている。
「くっ‥‥」
息が荒くなり、歪む視界でベレトは後方の敵を捉えた。
「鼻息の荒いお前に、不意討ちされるとはな‥‥何故頭を狙わなかった」
「それじゃあ俺が死ねないだろうが」
「‥‥そうか」
斧を持つ長身の男の体に電撃が伝う。男は目を閉じ、静かに倒れた。
荒く息をするベレトの周りを、気付けば数百の兵が囲んでいた。
まだだ‥‥もう少し‥‥もう少しだけ生きさせてくれ
邪魔な左腕を引きちぎり、体に閃光を纏う。
二千年後に『鍵』を届けるのは‥‥俺の役目なんだ‥‥!
翼を広げ、ベレトは後方を振り返り、同時に地を蹴り国軍の一団へと向かって飛び立った。
「どけ!」
立ち向かう兵士に力を放ちながら進む。阿鼻叫喚の渦に包まれながら、残り数分の生にベレトは焦りを感じた。一つの希望が潰えたように思える今、ベレトには死ぬ前にやらなければならないことがあったからだ。
国軍の群れを突破し、視界が開けると、ベレトの視線の先には魔王バエルがいた。その近くでは国軍精鋭ミハエルが二人の悪魔と戦っている。しかしそのまま直進することは叶わず、ベレトの足にガブリエルという名の狼が喰らいつく。
「マルクス‥‥!」
ベレトは地に落ち、ガブリエルは倒れたベレトの頭部を狙い牙を剥く。
右腕から放った力を跳び掛かるガブリエルに浴びせる。ベレトの、最後の力だった。
「ハァ‥‥ハァ‥‥」
再生の力を持つガブリエルに力は通用しなかった。その巨体をむくりと起き上がらせ、ベレトを睨む。
倒れるベレトの周りには戦いに倒れた兵士達が転がっていた。手探りで一本の槍を手にすると、ベレトはふらつきながらも立ち上がる。
「待ってベレトさん!」
ベレトの目の前に、青い光を纏いながらハウレスが背を向け現れた。
「やっと見つけた‥‥やっと会えた‥‥!マルクス‥‥」
空間を瞬時に移動する力を持つハウレスの力を警戒するように、ガブリエルは唸りながらのそのそと横歩きし敵を威嚇する。
「思い出せなくてもいい‥‥もう、二千年も経ったんだもんね‥‥ただ一言、言わせて欲しかったんだ」
ハウレスが左手に持つ剣を手放した瞬間、ガブリエルはハウレスの頭部を目掛け飛び掛かった。
「二人で過ごした日々が幸せだったよ。ありがとう」
ガブリエルがハウレスの頭に喰らいつく。顎に力を込めると、ゴキンと音が鳴り、そのまま赤い液体を流しながらハウレスは倒れた。
「ハウレス‥‥」
槍を持ったままの手でベレトはガブリエルの足を掴む。そのまま巨体を地面に叩き付け、左足で抑え込み、槍を脳目掛けて地面に貫通するほど深く突き刺した。
ガブリエルの動きが止まる。
「少し大人しくしていろ」
振り返ると、倒れた二人の悪魔を足元に、ミハエルがバエルと対峙していた。
ベレトはハウレスの持っていた剣を右手に持ち、そのまま足を引きずりながらバエルの元へと近づく。
ベレトを狙う国軍兵だが、残り僅かとなった悪魔達にその動きを止められる。
空から黒い光が降り注ぐなか、ミハエルはそれを機敏にかわしバエルに剣を振るう。意図的に急所を外しているように見えた。バエルは身体中に傷を作り、焦燥に顔を歪めていた。
翼で低空飛行を続け攻撃を避け続けるバエル。ミハエルに一蹴りを浴びると、バエルはベレトの足元へと吹き飛ばされた。
苦痛に悶えるバエルを見下ろしベレトが口を開く。
「どうしたバエル。あいつはお前が殺るんじゃなかったのか?」
「ベレト‥‥!」
バエルは立ち上がりながらベレトの首を片手で握り、怒りをぶつけるように言った。
「何もかもお前のせいだ!最初から王族ごと殺すつもりでやればこうはならなかった!俺とお前が力を解き放てば、こんな奴等に屈辱を受けることもなかったのに!!」
「まだわからないのか‥‥」
ベレトは手に持つ剣を一降りした。バエルの両足が付け根から裂かれ、バエルは目を見開きながら地面に転がる。
「勘違いするなよバエル‥‥!俺達の敵は『俺達の夢を潰す者』だ!貴様はその力を二千年後まで持っていけばそれで良かった。だがもう遅い。お前には、扉を開く力は向いてなかった。‥‥お前が敵だ」
ベレトは剣を高く振り上げた。
仇を討つ機会を逃すまいとミハエルが走り近づく。
「やめろ!」
構わずベレトは剣を持つ右腕に力を込める。全ての悪魔達の願いを込めるように。僅かばかりの感情を圧し殺すように。
「悪いな」
その瞬間だった。
ベレトの目の前に、眩い光を放つ一つの小さな珠が現れた。光の珠は辺りから小さな塵のような光をいくつも吸収し、その大きさを増しながら黒く染まってゆく。やがて光は眩さを失い、一人の小さな子供を形成した。
その場にいた誰もが動きを止める。
彼は立ち上がり、口を開いた。
「‥‥やあベレト」
暁に染まる雲の下、翼を18枚持つ小さな悪魔は、この時代へと再生を遂げた。
*
射し込む太陽の光が眩しくて、私は目を覚ました。雀の鳴き声が聞こえる。大木に寄り掛かったままふあーっと大きくあくびをすると、遠くから地面を踏み締める足音が聞こえてきた。ゆっくり近付くその音が、安らぎの音色のように聞こえてしまうほど、なんだか優しく感じた。光溢れる海の中をふわふわと浮いているような気分。ちょっと寝ぼけてるみたいだ。
目をこすっていると、足音は私の目の前で止まる。一つのリンゴが膝元に投げられ、私は咄嗟にそれを受け取った。
「行くぞ」
寝ぼけ眼に映るその姿に、動揺も戸惑いも感じなかった。
「うん」
*
・蘇生後(関連章)
ヴォルス:要塞にてネビロスと出会い情勢を知る。生きる目的を探すため旅に出ることを決意。(赦前2・赦前3・赦中1・ラナ前・赦後2・八)
ヘンリー:同上。(赦前2・赦前3・ラナ前)
ハウレス:要塞の町で一年半の間過ごす。ガブリエルの誘いを受け入れ国軍兵に。その後、実力と潜在的な統率力を誰もが認め国軍総帥に。(赦後1・五・七)
悪魔達:要塞の中庭に蘇生。ネビロスの力で国軍兵の幻影を見せられ要塞に住むことを強要させられる。一年後、王妃となったエレーナによって中庭に『町』が作られ、国軍兵監視の元町に二年間住み続ける。(赦前2・六・八)
国軍兵:ベレトら蘇生人の天使達に見つかるも、魔王ネビロスの指示により彼らに応戦することなく要塞から脱出し、それぞれの道を歩む。
戦闘シーンは相変わらず苦手意識高いんですけどね。