四方田犬彦『花の生涯 梅蘭芳(メイランフアン)』批評
う~ん、四方田犬彦さん率直で厳しいわ~(笑
映画はまだ見ていませんが、きっと四方田犬彦さんの言う通りだと思うなぁ~。
でも、レスリー・チャン(張國榮)の『さらば、わが愛 覇王別姫』と比べては
陳凱歌(チェン・カイコー)監督も可哀想だと思うのです。甘いかな~(笑
今回は、特定の個人名「梅蘭芳」の自伝映画ですもの、
梅蘭芳の遺族はまだ息子さんの梅葆玖さんが存命ですよ~。
怪しいことや変なことは一切映画では描けませんよ~。
空気ただよわせるだけが精一杯だと思います。
ゲイを公言していたスタンリー・クアン監督は、遺族から監督拒否されましたしね。
孟小冬のほうが映画にしたら面白いくらいの人物なのに、
色々と中国でダメみたいなので、
黒社会の奥さんになった孟小冬をよくヒロインでもってきたよな~と思うくらいです。
陳凱歌(チェン・カイコー)監督は、北京バイオリン以外はコケちゃって、
監督の評価としても崖っぷちですから、安全パイで手堅くいきたいところだと思います。
それでなくても、『さらば、わが愛 覇王別姫』の公開のときには、
梅蘭芳の遺族達から、
あれは、父をモデルにしてて、けしからん
みたいなことで抗議があったくらいだから、
梅蘭芳の遺族側は、『さらば、わが愛 覇王別姫』のときから、
映画で変なふうに取り上げられることに心良く思ってないですよ・・。
くどいほど陳凱歌(チェン・カイコー)監督もモデルはいないって言ってますしね~。
実際、『さらば、わが愛 覇王別姫』は、
ちょっと(かなりかも)梅蘭芳の人生とは違いますから、
モデルはいないで抗議活動は納まりましたが、
今回は、ストレートに「梅蘭芳」ですからね・・遺族はピリピリしてたと思います。。
変に政治にからめて芸術家の苦悩を描かれても遺族には迷惑だし、
男色関係に触れられても大迷惑ですよ。
オブラートに全部包まないと遺族から許可が出ないでしょう。
「梅蘭芳」は、芸術を追求していく芸術家の一生を格調高く教育映画にした映画なのだと思います。です。(笑
こういう伝記映画は、関係者が全員亡くなってから作らないと映画として面白い映画にするなんて無理ですよ~。
まだ、映画は見てませんけど、余少群(ユー・シャオチュン/ユィ・シャオチュン)が目的だけなので、映画館で見なくても良いくらいの気持ちなのです~(笑
まともな伝記映画ですから日本でヒットはすると思いますし、
京劇の繁栄の為にもヒットしてもらいたいですよね~♪
●【邂逅 カルチャー時評】四方田犬彦 陳凱歌よ、どうした?
2009.1.27 08:15
どうにも気が重いのだが、デビュー時から観てきた同時代人としてキチンと書いたほうがいいと思う。今回の陳凱歌(チエンカイコー)の新作『花の生涯 梅蘭芳(メイランフアン)』はダメな作品である。脚本が盛りだくさんのため編集で切り過ぎ、物語はせかせかとしたテンポで進行してゆくだけ。だが何よりも、監督の側に強い制作動機が見当たらない。
『さらば、わが愛覇王別姫(べっき)』が16年前に撮られたとき、世界中は文字通り息を呑(の)んだ。かつて紅衛兵であった監督が体験した凄(すさ)まじい文化破壊と屈辱とが、触れれば血の吹き出る傷口のように活写されていたからだ。「日本軍でさえ京劇を保護したというのに、文革はそれを破壊するのか」という主人公の叫びが今だに耳元に残っている。女形役者ははたして男なのか。人間ははたして観念のために死にうるか。こうした性急ではあるが真摯(しんし)な問いが全編を覆っていた。だがこの大作の後の陳凱歌は、まさに失敗の連続であった。ハリウッドで現代ものを手掛けて失敗。中国に戻り時代錯誤の大歴史劇を手掛け、新世代に相手にされず。かろうじて小規模なメロドラマ『北京ヴァイオリン』で失地を回復したにすぎない。
『花の生涯』はその陳に、『さらば、わが愛』の柳の下の泥鰌(どじょう)を狙う制作者たちが持ち込んだ企画である。だがそこにはノスタルジアと文化ナショナリズムはあっても、かつての悲痛な問いかけはない。フィルムは日本軍人に対する梅蘭芳の抵抗と苦悩を描いてはいても、共産党政権成立後の芸術家の受難については口を閉ざしたままで、全体が平板な叙述となっている。残念でならない。『花の生涯』は3月7日より公開。(明治学院大学教授)
↓【邂逅 カルチャー時評】四方田犬彦 陳凱歌よ、どうした?
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090127/acd0901270816002-n1.htm