NHK 「民衆が語る中国・激動の時代」文化大革命 紅衛兵
ちょっと前にNHKで放送されていた「東京裁判」と「文化大革命」のスペシャル番組凄かったですね~。
NHK 「民衆が語る中国・激動の時代」
第一章 「紅衛兵誕生へ」
第二章 「造反有理の嵐」
第三章 「下放・若者大移動」
第四章 「改革開放への胎動」
私は、レスリー・チャン(張國榮)に興味があるだけで、
中国が好きなわけではないもんで~。
「いんちき中国ウォッチャー」の私としては、さすがに、続けてみるのはぐったりです。
こういうまともな番組は、やっぱりNHKでしか放送しないんですよね・・。
民放が何社かかってきても真似ができません。
というか、視聴率から考えたら民放は企画段階で却下でしょ(笑
かつての紅衛兵たちが当時をふりかえるインタビュー形式で番組が進められて行くのですが、十代の紅衛兵が校長先生や教師、芸術家、資産家を弾圧して殺害していた時期が過ぎると、今度は、紅衛兵同士の内ゲバです。裏切りで誰も彼もがチクリだして「反共的」に仕立て上げてしまう。
子は親さえもブルジョアだと訴え出して家庭崩壊です。
資産家と言っても、お店で商売してたり、
小商いで人に部屋を貸しているだけで資本家になったりして、めちゃくちゃです。
なんでもかんでもブルジョアですわ~。
3代前の先祖から洗って階級をつけるってなんなんだ?
そこからして、もう「平等」を尊ぶ社会主義から考えてみたらおかしいじゃないか?
今でも、めちゃくちゃ中国は階級社会・金持ち階級社会の格差社会だけど、
このころから差別階級つけるの大好きだったわけね~。
『権力闘争』が『武力闘争』となって
『粛清運動』で1000万人~3000万人を超える大量虐殺をして
事実上の『内戦』まできて、
手におえなくなった紅衛兵を今度は下方に出して強制労働。
発端は、老害:毛沢東の権力へのしがみつきが原因なんでしょうが、
何もかも手に負えなくなるところまでいかないと「途中で止めた」にならないのが中国ですね~。
罪人は、仏にならず、死んでからも墓を暴いて破壊して死体を鞭打つ中国では、権力者もおちおちと墓に入れないわね~。
「文化大革命」が全部四人組みのせいになって、
今でも「神様」扱いで蝋人形になって平和に眠っている毛沢東に
反省という言葉はないのかぁ~(笑
インタビューに答えている元紅衛兵だった人達を見ていると、
「当時は良かった。こんなに凄いことを私達はしていたんだ」というように、
笑って回想している人が多いんですよね。
笑いながら「気に食わない先生や校長をひざまづかせてさんざん殴ってやった、私達が一番偉かったんだ」と答えている人達は、現在でも、きっと何かのきっかけやカリスマ指導者が現れたりすれば、簡単に扇動・操作されて一方向に向かって同じことをやりだすんだろうな~。
笑いながら当時のことを話す元紅衛兵だった人達には、
「私は悪くない」って感じでした・・。
なんだか、もう傍観者が話しているみたいな印象をもちました。
泥棒したけど、泥棒したことは悪くない、警察につかまったことが悪いんだって思っているような気持ちじゃないのかなぁ~。
当時の紅衛兵からの証言からは、
「信念(今は間違っていると思っているでしょうが)に向かって情熱を持って行動していたんだ!」という印象を受けました。
それが、当時の彼らの「青春の充実感」だったので、
現在になっても、当時はこんなに凄かったのよ!みたいな・・気持ち?
罪悪感よりも充実感のほうが強く思い出されるのでしょう。
当時、紅衛兵は、最高権力者の王様になっていたのですから。
毛沢東の力を借りていたとしても、権力は自分達の手中にあって、
やりたい放題できた青春時代は、熱に浮かれたようで、
革命に自分も参加していることを実感できて、とても楽しかった時代だったのでしょう。
次は、自分が拷問される側になる日がくるとは、誰も思っていなかったのですから・・。
張國榮(レスリー・チャン)の「覇王別姫」では、
因果はめぐるって感じで
小四のアップから後ろの扉から紅衛兵が入ってくる場面として
薄気味悪く暗示していました。
原作では、小四は、水牢に入れられて気が狂った。となっていますよね。
そういや、博物館の職員が、紅衛兵に博物館の物を壊されないように何でもかんでも「毛沢東語録」を貼りつけたと答えていました。まともな頭を持った大人は、小さくなって嵐が通りすぎるのを待つしかなかったのでしょう。
農村では、農民に
「この村では何人餓死したんですか?」という質問してましたが、
「答えられない」と回答していました。
今でも中国は、正直には答えちゃいけない秘密が沢山あるわけで、
政府への正式報告は餓死者ゼロの村なんでしょうね・・。
裏切り・闘争・密告・批判が大好きの中国に
国連で日本がかなうわけないわぁ~。