人が増えすぎたよね。

 

もうこれ。これ以外に理由とかない。

 

試しに「英語力を活かせる仕事」で検索してみそ?どこそこのスクールの英語コーチやら、英語コンサルタントやら、英会話講師やら、案件がそんなんばっかりだから。

 

なお、英検1級を持っていると時給5000円の仕事も請け負えるって話だが、それをもってしても、外部機関で英語を教える仕事には「強い抵抗」がある。

 

なぜかって、競争が激し過ぎるし、学ぶ側もクセ強い人が多いからね昇天

 

ちょっとした副業として翻訳やら問題作成などもあるけど、そういう仕事は1つにつき応募が30件くらいそっこーで集まる。

 

英検準1級以上、TOEIC800点以上は当たり前として、英語圏に3年住んでましたとか、通訳経験15年とか、そんなのまでしれっと混ざってたりする。

 

なんでお前ら英語圏で働かないんだよ。真顔

 

貿易なり商社なり、日本と世界を繋ぐ仕事ではないのか、単に夫の海外赴任に帯同してるだけの英語初心者なのかは知らんけど、それだけの英語力を持ってて、海外にいつでも行けるなら、わざわざ日本で仕事する必要ないでしょ。笑

 

あとは外国人観光客のツアーガイドね。これも常に労働需要はあるけど、求めているのは経験者ばかりだし、それもFIT(単独旅行者)の案内経験が30人以上……みたいなハードルの高い募集条件があったりするぜ。

 

まっ、英語スキルなんてもう30年以上前からずっと言われてるわけで、その間にもう「英語ができる日本人」の数はあまりにも増えた。韓国と同じで、オリンピックの通訳ボランティアにわんさか人集まってたでしょ。無償でも仕事をやりたがる人だらけ。

 

で、通訳も翻訳もAIにReplaceされて、中途半端なスキルしか持たない人はほぼ淘汰された。「そこそこのクオリティ」でも即座に訳してくれるAIの方が利便性が高いしコストも低いのだ。

 

英語で稼ごうとしちゃダメよ。

 

稼ぎたいなら他のことやりなさい。自分の専門性もロクに決まってない人が、英語なんか勉強するべきではない。

 

英語はあくまで「強者がさらなる強者になるための教養」であって、弱者が人生逆転させるツールではない。

 

なお、「英語を教える仕事」も、今はネイティブ講師歴15年とかそういう人しかまともに仕事にありつけていないので、今から雇われ英語講師 / コーチになろうって人は、その後の待遇は推して知るべし。

 

なお、「外国人に日本語を教える仕事」の需要は拡大してるけど、わざわざ日本で働きたがる外国人なんて途上国出身者ばかりなので、高い学費は払えない。それゆえ、講師の給料も低くて成り手が不足している。

 

語学はもう「好きな人だけがやる」べきだね。

 

1日何時間英語に触れ続けても苦痛を感じない。どっぷりとハマれる人間。そういう人だけが英語をやりなさい。

 

 

今はそうでもないかもしれんけど、ちょっと前までは英会話やってると必ず聞かれる質問が

 

「空き時間は何してるの?」だった。

 

これはもはや自己紹介の一環として、知らないと会話が始まらないやつ。

 

ある種の "How are you?" → "Fine." 感。単なる挨拶に近い形式的なやり取りである。

 

ただ、生真面目な日本人は、この「趣味」をイコール「オタク趣味」と捉えてしまうので、何か深くハマっている物事でなければダメだと思い込んでいる人が多いのだ。

 

そして、たいていの人の空き時間は仕事あるいは勉強をして過ごしているので、「仕事・勉強」=「趣味」というといいかにもつまんない人のイメージがつきまとう。

 

これを恐れて本来の自分とは異なる「陽キャエピソード」を出そうとして、

 

「This weekend は My friends と Shopping に行ったよわずびっくりマーク

 

などと言いがち。特に若者は他者の目線を気にするので、誰もが陽キャぶらなければならない重圧がある。

 

そこで覚えておいてほしいのは、

 

趣味 = 印象操作

 

の手段に過ぎないということだ。

 

そもそも他人は、自分が思っているよりもあなたの現実に興味はなく、単に話のきっかけとして趣味を尋ねているだけであることを忘れないでおきたい。

 

ぶっちゃけ、趣味などなんでも良いのだ。毎朝コーヒーを飲むなら「コーヒーが好き」でいいし、猫派なら「猫が好き」でOK。別に猫飼ってなくても、以前飼ってたとか、頻繁に猫動画を見てるとかでも十分に成り立つ。

 

趣味とは「好きなこと」という価値観の1つであり、暇な時についやってしまうものを、他者目線でどう見せるか?がポイントになる。

 

ここで変に抽象的思考を発揮して、「趣味は『考えること』です……」とか「趣味は『哲学』です……」とかいうと、海外の動画でよく使われている "Huh?" というリアクションが待ち受けている。

 

なお、ウケが良い趣味というのはある。

 

それは「わかりやすい」ものだ。マッチングアプリに書くべきアレと同じ。

 

・読書

・インターネット

・プログラミング

・ゲーム

・瞑想

・占い

・ジョギング

・資格の勉強

 

など「I型」の趣味は非常にウケが悪い。他人と共有することが前提ではなく、自分の世界に引きこもっている印象を与え、コミュニケーションにおける積極性がなさそうなイメージがある。そのいっぽうで

 

・旅行

・サーフィン / スノボ

・ドライブ

・スポーツ(特に球技)

・カメラ

・食べ歩き

・お菓子作り

・ペット

 

などは一般的に「趣味」として認められやすい。話題がいくらでも出てくることだろう。

 

抽象的なものよりも具体的な形としてアウトプットできる趣味であれば、もはや会話をしなくとも人と仲良くなれる。カメラは陰キャっぽいが人と成果を共有という点では陽キャ寄りなのだ。

 

まあ、実際の日本人は陰キャの方が多いので、趣味の話題は沈黙してしまう者も多いことだろう。

 

ポイントとしては「人と関わる系の趣味」の中にさりげなく「オタク要素」を混ぜることだ。

 

単なるミーハーではなく、ちゃんと専門的なレベルまで高めてるんだぜ的な。これは非常に強力な人間性のアピールになる。

 

・受け身ではなく、主体的。

・ライトではなく、ディープ。

・内向的ではなく、外交的。

・抽象的ではなく、具体的。

・自己完結ではなく、拡散。

 

こういった要素のある趣味は、それを持っているだけで、人生のあらゆる場面で役立つ。

 

英会話みたいな人間関係が前提となるスキルを高めるなら、「人に堂々と言える趣味」の1つや2つを持っておくことが望ましいだろう。ちなみにぼくは持っていない。ちゃんちゃん

 

 

 

 

でもさ、日本人が英語を学ばないで、どうやって思考能力とか自国文化の客観視能力とか高めるんだろう、って思わない?

 

「英語の勉強はオワコン!w」

 

って、したり顔で言いたくなる気持ちもわかるよ。ぶっちゃけ。だってまともな業者も生徒もほぼいなくなってるし。

 

別にAIがどうのとかじゃなくて、単純に、人類は語学を「勉強」するフェーズをすでに終えてる。

 

だって平成以降の30年間くらいずっと、英語は大事!って言われ続けてきたじゃん。にもかかわらずいまだにやってないってのは、それはもう「やらなくていい人」なんだよ昇天

 

まあ疲れたよね。さすがに。

 

これ以上、やる気がない人たちに無理やり「英語は大事!」って言う活動は、ぼくはもうしたくない。

 

オワコンなのは「英語市場」

 

運動が苦手な人たちに無理やり「運動は大事!」って言っても絶対やらないのと同様。

 

そういう人々には、専用の道が用意されてるから、やらなくていいの。

 

もう日本人の中流〜上位層は英語なんかとっくに身につけてるし、これからは英語を使って具体的に何をしていくか?が問われる時代になってくる。

 

教育的な発信をしたところで、変な業者みたいな人に片っ端からパクられるだけ。無意味。

 

英語は完全に「勉強する対象」ではなく、もはやエンターテインメントの対象として「プレイヤーを観戦する」ものと化した。

 

だから、英語できる人はどんどん使っていけばいいよ。ぼくもそういうステージに立とうとしている。

 

 

具体的に英語で何するの?

 

「観光案内」とか「現地調査」とか「グローバル起業」とか、色々と思いつくけど、いちばん重要なのは「世界の一次情報を知る」ことだ。

 

ネットで共有されてる情報って誤解が多いからね。リアルの世界を直接みて判断したいのだ。

 

パースピレーションから生じるインスピレーション。ということで、2025年はとにかく行動を最優先したい。

 

表面的な「英会話」ができたところで、彼らは建前しか語ってくれない。ちゃんと奥深くに入り込んで、本音の部分を聞くこと。普段は何やってるのか?なんで日本にきたのか?なんでぼくと話してみようと感じたのか?それをちゃんと聞いて、ぼくの本音も彼らに伝えたい。

 

これまでの英語プレイヤー達は、外国かぶれになって日本の批判に走ってたり、不純な動機で日本に来る外国人に良いように利用されてたりと、まあ歪なものが多かった。

 

だけどこれからは違う。本当の意味での繋がり、本当に意味のある交流が求められる時代だ。

 

そのために通訳ガイドの資格もとっておき、英語3冠の肩書をつけてアイデンティティを確固たるものにするのだ。

 

AIに代替できない部分って、そういうとこでしょ。

 

 

 

最近の動向を観察していると、
「英語市場って終わったんだなぁ」
と感じるよね。

 

ビジネス的に参入する人は
5年以上前から爆増していたけど、
かなり有名だったブログ書いてた個人も、
軒並み淘汰されてる印象。

客層が明らかに変わった。
積極的でポジティブな「良いお客さん達」はすでに
英語くらい習得して、なんか別のことやってる。

残ったのはやらない理由を探しまくって、
あちこち比較するけど最終的には何もやらない、
っていう「人生オワコン」感が滲み出る人だらけよ。

 

例外もあるけど、
「まともな客層」はほぼ全て大手がかっさらってて、
無名の個人が今さら入り込める余地はない。
特にコーチング系はどこも似たり寄ったり。

ただ、若い感覚を持ってて、

「完全に実用的な英語」だけを扱ってる人物。

こういうタイプは人気が衰えない。

 

英語を教えるってよりも、

「英語は実際にこうやって使うんだぜ?」

っていう情報価値が注目されてる。

 

だから結局、個人の英語教育市場が

オワコンになってることは変わらない。

AIも主流になってきてるしね。

 

あるいは、美人で若い女子。

これ系のYouTuberが出てきたら

もうその市場はオワコン間近ね。

 

やたらとわかりやすいイラストとか、

使いやすさを売りにしたアプリが出てくるのは、

もう市場に「情報価値」がないってこと。

 

新しい情報・斬新な情報は

無加工で書き連ねても価値があんのよ。

 

英文法とか発音みたいな、

いわば「誰でも教えられる系」はもう無価値。

 

文法・発音やらずに英会話やりたい!

みたいなヤバい客層ばっかり残ってるから、

その人たちを教え導こうとしても無理よ。

お金使わないしやる気ないもん。

 

それ系のタイプは格安オンライン英会話か、

無料語学アプリに流れるからね。

最初から人生変えようとか思ってない。

 

今はもう逆に

「英語を活かしたい系」の需要を取り込んだ方が

まともな市場になるんじゃないかと思う。

 

個人の英語コーチングは一時期それで流行った。

 

 

 

「アネモイア」という言葉を最近知りました。体験したことのないのに、なぜか懐かしい感じがする。そんな不思議な感覚を表す言葉です。

 

僕の場合、例えば、昭和のレトロな写真を見たとき。「あ〜駄菓子屋の前でたむろしてベーゴマ回してたな〜」みたいに思っちゃうんです。

 

でも冷静に考えたら、生まれたの平成だし、そんな景色にいたはずもないんですよね(笑)

 

「知らないのに懐かしい」不思議な感覚

実はこの感覚、意外といろんな場面であります。

 

夏の夕暮れに遠くで聞こえるお祭りの太鼓の音とか、見たことないのに、なんとなくその場にいた気がするやつです。あとは、田んぼの中にポツンとある一軒家とか、そんな景色を見たときも「あの縁側でスイカ食べてたな〜」って妄想しちゃったり。

 

たぶん僕たちの中には、知らない過去の風景をどこかで求めてる部分があるんでしょうね。記憶じゃないけど、心のどこかにある「懐かしさ」の種みたいなもの。

 

 

アネモイアを楽しむ余裕を持ちたい

こういう感覚って、忙しい毎日からちょっと離れるチャンスになる気がします。

 

「知らないのに懐かしい」を感じると、なんとなく心がほぐれるんですよね。自分が知らない景色や時代に、勝手に親近感を抱けるのも面白いものです。

 

これから少し時間を作って、昔ながらの風景を探しに行こうかなと思っています。これを読んでいるあなたも、どこかで「アネモイア」を感じる瞬間があったら教えてくださいね歩く