子供の頃、
折り紙が好きだった。
母に買ってもらった本を見て
無心に折っていた。
折り紙を折る事は大好きなのだけど、
唯一困った事は、
出来上がった作品を
どうすればいいかということ。
どう考えても最終的には
捨ててしまうのだろうけれど、
私にはそれが辛かった。
なんせ全てお気に入り。
でも出来上がった作品の
有効な活用方法は思いつかなかった。
何度かゴミ箱に捨てた記憶はあるけれど、
もしかしたら捨てれない私を見て、
母が処分をしてくれていたのかもしれない。
大きくなっても細々と
手芸をするのが好きだった
実はさほど使わないし、
そんなに飾れない。
でも作りたい。
せっせと作っては、
次々友人達にもらっていただいた。
喜んでくださる事が嬉しかった。
心を病んでいた頃、
それまで好きだった手芸の意味が
わからなくなった。
ただ飾る為のものを作って
一体なんの価値があるのか。
飾るってなんだろうという事すら
わからなくなった。
片付けや整理整頓が苦手な私にとっては、
要らないものを増やしてしまうという
解釈しか考えつかなかった。
あらゆる物の価値が
わからなくなっていった。
例えばなんの為にお花を飾るのか。
そもそもなんでお花の先生の
存在が必要なんだろう。
それがこの世になかったとしても、
当たり前に生活は
続いていくはずではないか。
心が元気に戻った今、
綺麗なお花を見ると
気持ちが柔らかくなる気がする。
鮮やかに生けられたプロの技を見ると
自然と顔が緩んでくる。
ちょっと気になる手芸の作品も、
作ってみたいと心が動く気がする。
実際に作るかどうかはその時々だけど。
同じ人間でもこうも違う。
その時々の考えや気持ちは正直なもの。
私一人について考えても、
正しい答えなんて一つじゃない。
以前のような勢いで細々としたものを
作ってみようとしたところ、
手元がボケて見える事が判明した。
気持ちはあるけれど、
すんなりいかない。
ちょっとげんなりするけれど、
これも私。
物の価値なんて無数に存在する。
なのにこの事柄、と取り上げた途端に
これが常識、一般的という
固定された解釈が目の前に鎮座する。
みんな違ってみんないい。
金子みすずさんは、
こうあるべきという枠を
取っ払うことを教えてくれているのだろう。
あの時代に生きた彼女が伝えてくれること。
現代に生きる私達に
大きなエールを送ってくれている気がする。
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