完璧は素晴らしい。
微塵のミスもなく、
隠された嘘もない。
そうあることが一番大切である。
ずっとそう思ってきた。
だからこそ、
些細な言葉の表現にも敏感だった。
少しの誤差を感じた時、
徹底的にそこを探り
自分なりの解釈をつける。
なんだかそう言う癖がついていた。
思いっきり信じ込んでいたものの
誤差の部分を目の当たりにした時、
「それはあかん」を連発していた。
がっかりした気持ちと
今まで信じていたやるせなさが
爆発したのだと思う。
そしてそうでありながら、
あかんと言う私は正義であって欲しいと
都合よく思っていた。
「感じ悪いわ」
娘にそう言われても、
まだ自分を正当化しようと努力を重ねた。
でも薄々は気づいているのだ。
そんな私こそあかんという事を。
でも、気持ちの落とし所が
見つからなかった。
今年に入り、心を学び、
ブリーフセラピー(短期療法)を学んでいる。
今までも心理学は学んだ事はある。
そして本格的な心理学はもういいや、
と思っていた。
けれど、ブリーフセラピーに出会って
気持ちが変わった。
やっと見つけた、と思った。
私の気持ちの落とし所を
難なく見つけられる手法。
ブリーフセラピーの
公式プログラムに参加している。
色んな事例を学ぶたびに、
自分が辛かった時にこの手法で
カウンセリングを受けたかったと
心から思った。
問題だと思っていた事柄を
全く違う観点から捉える。
問題を抱えている人が
どこか悪いのではない。
見つめるべきはその人が問題だと
感じている事があるということ。
事例を聞いているだけで、
気持ちが軽くなっていく気がした。
今回の講義では、
実際にセッションを行った。
クライアント役だった私は、
かなり本気の重い課題を取り上げた。
「その宿敵は、これまでのあなたに、
どんな役にたったと思いますか」
そう問われて気持ちがひっくり返った。
今まで最悪だと思っていた事柄は
いつの間にかその存在により、
私の生きた血肉を形成していた。
そしてそれは私だけの強みであり持ち味。
奇しくも私は今、
どんな出来事も自身の解釈次第で
なんとでもなるということを
お伝えしている。
最悪の短所だと思ったことが、
ある事をなすためには最大の長所となり、
唯一無二の最強なものだったりする、と。
まさかそれを体感するとは。
ブリーフセラピー、恐るべし。
ちなみに今回の私自身の問題に
どう取り組めばいいかという
セッションでの答えは、
「何もしなくていい」
さらに拍子が抜けたけれど、
あれだけあった心の重荷は
何処かへ飛んでいった。
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