親はどうあると良いのだろう
子供達が思春期を迎え、
子育てがそろそろ終盤に
差し掛かっている。
といっても親子の関係は
命がある限り続いていく。
子供が幼かった頃は本当に
必死だった。
寝る間を惜しんで頑張らなければ、
生活が出来なかった。
年の近い三人の子供に
恵まれたのだけれど、
三人目の時には私の身体の
トラブルもあり、
産後の肥立ちが悪く、
実家で2ヶ月半程お世話になった。
年中さんだった上の子供を
毎朝バス停に連れていくだけで
必死だった記憶がある。
本人のお支度はもちろんのこと、
上の娘の真似をして
毎日いただいたお古の制服を
着たがった真ん中の子供のお支度、
そして赤ちゃんをバギーに乗せて
8階からエレベーターで降りていく。
一人で行けば数分のその距離が
10分以上かかった。
お風呂に入れるのも、
一人で三人入れていた。
17年前の冬、
先にお風呂から上がる2歳の子供に
ファンヒーターの前で
待つように言った。
ギャーという叫び声がした。
吹き出し口に近づき過ぎて
ひどい火傷をおっていた。
正直なところ、
末っ子が2歳になるまでの間の記憶が、
ほとんど抜けている。
どれだけ必死だったのだろう。
でもまだ1歳だった末っ子に
手を上げてしまった事は
記憶している。
その時の強張った子供の顔だけは
忘れられない。
頭だけは何があっても
叩いたらいけない。
子供に手を上げる事を
覚えてしまった私に、
母は口を酸っぱくして言った。
私達三人の娘を愛情いっぱいに
育ててくれた母の言葉だけに、
心に引っかかっていた。
けれど一度子供を叩くと、
二度目三度目と回を重ねる度に
罪の意識が薄くなっていった。
挙げ句の果てにまだ1歳だった
末っ子にまで手をあげたのだ。
おばあちゃんが頭は叩いたら
ダメだって言ってたでしょ。
泣きながらそう訴える子供に
罪悪感を感じながら、
止まらない私がいた。
幼稚園のママ友との話の中で、
その話題が出た。
言うこと聞かないんだから
手が出ちゃうよ。
そこにいたみんなが頷いた。
みんなそうなんだ。
良かった。
そう思った。
けれど、手を上げた後の
子供の鋭い眼差しに動揺した。
そしてこのままエスカレートすれば、
虐待になると思った。
私は一体何をしてるんだろう。
こんな事をする為に
子供を授かった訳じゃない。
それから、
子供に手をあげる事はなくなった。
でも、子供を虐待する人が
特別ひどい人だとは思わなくなった。
自分の中にもその人が
潜んでいる事を知ったから。
そんな事を繰り返しながら
子供と共に成長してきた気がする。
赤ちゃんの頃は肌を離さず
幼児になれば手を離さず
子どもになれば目を離さず
青年になれば心を離さず
よく言われる事だけれど、
それをきちんと実行し続ける事は
そうそう楽ではなく、
全てが上手くいくわけではない。
でも失敗も次の成功への糸口となる。
親子であるならば、
なおさらそうではないだろうか。
どうせなら、
子供を上手く操縦する方法を
学ぶのではなく、
子供の目を見ながら
大いに失敗してみるのも
良いのではないかと思っている。
17年前の火傷の痕は、
とっくの昔になくなっている。
あれから誰一人として
ファンヒーターに近づき過ぎる事は
なくなった。
私がすでに成人した子供を
愛おしく思うように、
70代の母はまだまだ娘である私を
大切に思ってくれている。
なんとありがたい事だろう。
子供と目線を合わせて
共に成長して行く。
今日起こる事柄は、
全てが初めて起こる事ばかりなのだから。
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