「気づき」
という言葉について書いた。
という言葉について書いた。
この言葉自体というより、
言葉の使い方が
言葉の使い方が
私にとってはマイナス方向の
ツボだったと思う。
ツボだったと思う。
友人のくれたコメントに、
顔晴る がんばる
最幸 さいこう
お楽しみさま
などの言葉が好きでなかった。
とあった。
そうそう、それそれ。
そうそう、それそれ。
私もそういう類の言葉が出てくると、
いちいちひっかっかてしまう。
素直に文がつなげない感じがする。
悪いのでは勿論ない。
使ってらっしゃる方は、
それなりの意味を込めて
それなりの意味を込めて
いらっしゃる。
それはその方のお心。
昔、
ビールに「お」を付ける付けないで
ビールに「お」を付ける付けないで
話をしたことがある。
それに似ているかも。
おうどん、お蕎麦、お素麺、
お豆腐、お水、お味噌汁、
お豆腐、お水、お味噌汁、
お吸い物、お漬物、お豆さん、、、
お焼きそば、おたこ焼き、
おお好み焼きはない。
おお好み焼きはない。
お茶はあるけど、
おジュースやおコーヒーはないな。
おジュースやおコーヒーはないな。
でもお紅茶はある。
日本語の何とも言えない
日本語らしいところだと思う。
日本語らしいところだと思う。
若い頃、
オーストラリアに遊びに行った時の
ガイドの方は日本に留学経験のある
若い男性だった。
オーストラリアに遊びに行った時の
ガイドの方は日本に留学経験のある
若い男性だった。
コアラの数を数えるのに苦心していた。
1ぴき 2ひき 3びき 4ひき 5ひき
6ぴき 7ひき 8ひき 9ひき 10ぴき、、、、
匹が3種類に変化する。
ユーカリの木を数えるにもそう。
1ぽん 2ほん 3ぼん 4ほん 5ほん
6ぽん 7ほん 8ほん 9ほん 10ぽん 、、、、
本も同じように変化する。
日本語って奥深いなあと思う。
セッション等のお値段に円でなく
縁が使われているのをよく目にする。
心の事を扱うのに、
お金そのものの価値が出過ぎると
お金そのものの価値が出過ぎると
そぐわないからかもしれない。
それに今お会いできたご縁
という意味もあるのだろう。
という意味もあるのだろう。
ただ私は何となくだけれど、
縁ではなくやはり円だと思う。
縁ではなくやはり円だと思う。
お金は幸せのエネルギーであるならば、
そのセッションとの等価交換に
相応しいものだと思う。
相応しいものだと思う。
お金の本来の姿の円がしっくりくる。
円のままじゃ恥ずかしいから、
おしゃれして縁で。
おしゃれして縁で。
みたいに感じてしまう。
お金を受け取ることへの躊躇いを
オシャレで取り繕っているように感じる。
そこに想いがいってしまう私こそ、
実は躊躇っているのかもしれない。
実は躊躇っているのかもしれない。
私がやっていきたいこと。
沢山の方の笑顔を見ること。
そのための色んな活動を進めていく。
そこに対価が発生することを
どこかで躊躇っているのだろう。
どこかで躊躇っているのだろう。
専業主婦が長く、
パートでしか働いたことがない。
パートでしか働いたことがない。
全く知らない世界へ飛び込んでいく感じ。
楽しみでもあり、
ドキドキでもある。
ドキドキでもある。
どんな事でも全て、
誰でも最初は初心者。
誰でも最初は初心者。
いっそのこと、
大きな初心者マークをおでこに貼りつけて、
大きな初心者マークをおでこに貼りつけて、
堂々とありったけの等身大の自分で
ぶつかっていきたい。
ぶつかっていきたい。
初々しい初心者でないけれど、
私の人生も
私の人生も
今ここからリスタート。
『心のおにぎりカフェ』始めます!
子育てで頑張りすぎてるお母さん
たまにはゆっくりおしゃべりしませんか?
第二回目は 7/4(月) 13:30から
詳しくは下記をご覧ください。
http://www.reservestock.jp/events/128395
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