こんばんは



トラックの通る音にさえビクッとなる子供達と


震度3の余震でも慣れてしまった私


新しい月になったのに まだ人々の心には明かりが見えません。



ちょっと遠い親戚の話を^^:


母の一族は広く深く付き合う 外からきた人には大変面倒な一族です(笑)


母の叔父の奥さん(大叔母)の妹の子供

(親戚間の結婚だったので母も血のつながりはあります)


その子供の子供Aちゃん(すでに面倒ね^^;)


うちの息子より2歳下だから 今年26歳


2月に二人目の子供を産んだばかりです



しかし そこのパパが3月頭に交通事故に遭い 未だ入院中


Aちゃんは旦那さんのお見舞いもあるし 実家には戻らず


子供二人とマンションにいました。



そんな中 4月14日 1回目の地震


続く余震


マンションには亀裂がはいりました。



我が子を護らなきゃ!


きっと彼女は私には想像もできないほど頑張ったのだと思います。



明るくなって おばあちゃんが(Aちゃんのママ) マンションに行くと


もう疲れ切った目をし それでも乳飲み子を抱きしめていたAちゃんとママから離れない


上の女の子(2歳)



ママは実家に連れて帰りました。


しかし 彼女は家に入ることができなくなっていました。



いくら 周りが大丈夫だから!と説得しても 車で子供と一緒に寝泊まりを続けたのです。


親戚がもう熊本には置いておけないと


兵庫にいる母の従兄弟にSOSを送りました。



そして子供二人とAちゃん Aちゃんママ 大叔母 計5人で兵庫へ



今日 その後の連絡がきて


Aちゃんが明るい声で挨拶してくれました。



震源地から離れていても 余震が続くことに変わりはなく


健康な人間でも「気が変になる」というこの状況から抜け出せて本当に良かった



パパがいないから パパの分も護らなきゃいけないという責任から少しでも解放されて良かった


熊本に暮らす親戚一同安堵しました。



被災地で暮らす人達が少しでもストレスから解き放される事を願っています。