まだまだ寒い日が続きますね。皆様どうぞご自愛ください。
さて、今週はSさんによる『ビジョナリー・リーダー』についての発表でした。
まず、Sさんが一人一人にハガキを配られ、「あなたにとってリーダーだと思える人を書いてみてください」とのこと。考えてみると、普段自分が意識的でないせいか、なかなか思いつきません。首相も違うし、芸能人でも思いつかない。周りの皆さんも同じ反応の様子。結局わたしは職場の上司の名前を書きましたが、やはりリーダー不在の時代なのかもしれません。
発表ではっとさせられたのが、リーダーシップとマネジメントは違うということ。
わたしはマネジメントするひと=リーダーだと思っていましたが、そもそも下記のような違いがあることを知りました。(『リーダーシップの旅』野田智義・金井壽宏
/ 光文社新書)
マネジメント
① 「見える」ものを分析し、漸進的に物事を解決していく
② 「地位」に基づく働きかけ
③ 給料や職位の向上によってモチベートする
リーダーシップ
① 「見えない」ものを見て、あるいは見ようとして世界を作る
② ひとの価値観や感情に訴え、共感・共鳴を受けての働きかけ
③ リーダーとフォロワーで夢がシンクロする。→ビジョナリー・リーダー
ますます、リーダーと呼べるひとはなかなかいないと思わされます。Sさんが発表で、松下幸之助やキング牧師を挙げてくださいましたが、彼らはまさにビジョナリー・リーダー。
ビジョナリー・リーダーは何よりもまず「どうしても○○を成し遂げたい」という想いのこもったビジョンを持っています。それは仕事上のスキル以外によるところが大きく、何よりも本人がそのビジョンにコミットメントしていることが不可欠です。目標達成のプロセスにおいて必然的に周囲の人間を巻き込み、下記の段階を経てリーダーシップを発揮していきます。
リード・ザ・セルフ 自らをリードする
↓
リード・ザ・ピープル 人々をリードする
↓
リード・ザ・ソサエティ 社会をリードする
「リード・ザ・ソサエティ」のところまで来ると、わたしは少し拒否反応が出てしまいます。「ソサエティ」という言葉で自分自身も一括りにされてしまうことへの違和感でしょうか(ピープルもですが。)。Sさんもおっしゃっていましたが、間違ったビジョンで人々を扇動してきた人物も歴史上には少なからず存在します。では、在るべきビジョンとはどういうものでしょうか。
① いかなるときも変わらない価値観を反映している
② 相対的ではなく絶対的なものである
③ 自分本位ではなく周囲に好影響をもたらすものである
先に挙げた松下幸之助やキング牧師は、貧困の根絶や真の平等を掲げて人々を導きました。自分だけの金銭欲や出世欲では、いずれ人々がついてこなくなり、リーダーシップは破綻します。強烈なビジョンは必然的に正義や善に繋がるものなのだと思います。
リーダーの持つビジョンはMust, Can,
Willのフレームワークで可視化することができるとのこと。著名な会社経営者が掲げているビジョンもチェックしてみるといいかもしれません。①リーダーが周囲からの要請に応える責務(Must)、②遂行能力(Can)、③「私はこう在りたい」という想い(Will)。これら3つの要素が重なり合う部分にあるのがリーダーのビジョンです。良いビジョンとはWillを頂点としたピラミッド構造になっており、Willの実現の為に必要なCanを獲得し、それらで環境の要請に応えるMustを満たしていきます。Will→Can→Mustのプロセスを何度も重ねることでより強い使命感へと昇華していきます。
しかしながら、普段の仕事や生活で上記を実行することはなかなか難しいもの。Willが大きすぎてCanやMustが追いつかない、逆にCanやMustは揃っているのにWillが育たないなど、人それぞれだと思います。それでストレスを抱えてしまっては逆効果。わたし自身は、Willをそれほど意識しないで仕事をしてきましたが、CanやMustが育った結果、小さなWillが内側から生まれてきている気がします。
いま自分のやりたいことは何か、どんな時に幸せを感じるか、死後どのように周りから思い出されたいか、自分の中の内なる声に耳を傾けてみることが大事だと思いました。「ビジョナリー・リーダー」をただ外に求めるのではなく、まず自分が自らのリーダーになること。もう年が明けて二ヶ月が経ちますが、今年はそのことを目標にしていきたいと気持ちが新たになった発表でした。