PCを5日ぶりに開きました。どうも僕です。

先週の序盤から変な微熱が続いてたんですけど、
中盤あたりから喉の痛みが伴ってきて、
「ヤバいなぁ~、唾飲み込んだり、飲食物飲み込むとき痛いな~」
なんて思いながら、ペラックっていう市販薬飲みながらごまかしてたら、
ダメだったね・・・。まず38℃からスタートしたね・・・。

嫌な予感はしたよね・・・。去年の1月、このパターンで10日弱入院してるからね。
土曜だったけど混み混みの耳鼻咽頭科行ったね。
結果はやっぱり扁桃腺炎で抗生物質出されたね。
それから3日間抗生物質と俺VS炎症起こさせてるアンチクショウとの対決だったね。
40℃近くまでいったね。
でもきっと解熱剤を処方されなかったのは戦うための発熱は必要なんだと思ったけど、
あまりにもキツイんで1回だけロキソニン飲んだね・・・。
熱はあっという間に下がってロキソニンのすごさと怖さを改めて知ったね。

で、3歩進んで2歩下がるみたいな感じで徐々に熱は下がっていって、
喉の痛みもほぼなくなったね。若干微熱ある時間帯もあるけどまあ大丈夫さ。

巷の人たちはノロだノロ!インフルだインフル!って感じで警戒してるけど、
ここらへんには幸いご縁がないんだ。
ただ、2年連続だからね。扁桃腺炎。しっかり自己防衛しなきゃね。

せっかく何か月も続いてた労働ドクターストップも晴れて解除されて
闘病しながら勉強して試験も終わって、
いざ転職活動って時にこれじゃあいかんよねぇ・・・。
(このドクターストップは扁桃腺炎じゃない別の病気だったんだけどね)

明日からキャリアの棚卸をサクサクやって自分のできる・できない・やりたい・やりたくないを
明確化して、色んな社会資源使って、働きやすい・やりがいある職場をゲットしたいもんだね。

やるべきことはいっぱいあるな。そんなわけで皆様も体調には十分お気をつけて!

僕のスペック:
・福祉系学校卒ではない

2009年に福祉の「ふ」の字も知らないまま、生活介護事業所(旧知的障害者通所更生施設)に転職
3年の業務経験で介護福祉士の受験資格を取得



 



使った参考書等



ユーキャン速習レッスン(上・下)



ユーキャン介護福祉士過去&予想問題集



介護福祉士国家試験模擬問題集(中央法規)



介護福祉士国家試験過去問解説集(中央法規)



介護福祉士受験暗記ブック(中央法規)



今日の5問(けあサポHP



 



勉強を始めようと意識したのは実技免除講習が終わった8月くらい。



この頃から参考書をどうしようか情報を集め始めたり、



実際書店に行って手に取ってみたりした。



しかし、全てかどうかわからないがこの時期はまだ2012年(24回)用の参考書が流通しているのがメインで、2013年(25回)対応の物はもう少し後だったんだと後で気づいた。



まずは参考書を何かしら手に入れなければという思いが強かったのと、2012年版でも内容はさほど変わらないかなという認識の甘さもあったと思う。



 



とにかく8月にユーキャンの速習レッスン2冊を購入した。



試験の形式はわかっていたものの、「傾向」という意味ではほとんど理解していなかったので、愚直に参考書を読み、要点を細かくルーズリーフにまとめて覚えていくという形を取った。



 



この頃はまだ仕事をしていたので帰宅してから勉強するのが主であった。



8月下旬には中央法規の書籍も2013年用の物が手に入るようになった為、まずは模擬問題集・過去問解説集を購入した。



 



ユーキャンの過去&予想問題集は当時の上司に借りたものでこれも2012年試験の仕様。



同出版社ということで速習レッスンとリンクはしているので、この問題集の区切りまで速習レッスンの読み込みとノートへのまとめという流れを行い、それが終わったらユーキャンの問題集を解いて理解度を確認するという形であった。



 



諸事情あって9月から10月までは勉強するという状況でなくなってしまい、本腰を入れたのは11月から。11月からはこれまた諸事情で退職したので、ある意味勉強に集中できる生活となったわけだ。



 



ユーキャン速習レッスンの読み→ノートへまとめ→ユーキャンの問題集という流れに加え、



1つの領域が終わるごとに中央法規の模擬問題集でさらに確認という流れを取った。



 



すると非常に残念だが、非常に重要な事に気づいた。



 



ユーキャン速習レッスンは使えないということだ。



 



確かに見やすく、平素な文章で書いてあるんだけども、実は、特に中央法規の書籍と比べると内容はかなり薄くて、平素な文章の割りに言ってることがわかりづらい。



内容が薄く、難しい用語が解説もなく当たり前に記述してあるのでネットで調べまくってノートに補足するという作業も必要だった。



なおかつ構成が行き当たりばったりというか「もっとこういう書き方したらいいのに」と思うほど煩雑なのだ。



そしてポイントとして赤文字で書いてあるのだが、この赤文字と通常の黒文字の棲み分けがイマイチハッキリしない。赤なのに対して重要でなかったり、サラッと書いてある黒文字こそが大事な所だったりとあいまいなのだ。



 



しかし、今更参考書を変えるのもままならなかったので、足りない部分は中央法規の模擬問題集の解説をノートに加えて補った。



さらに11月からはけあサポHP内にある「今日の5問」を平日は行っていき、そこの知識もノートに加えていくという形を取った。



 



この頃になるとほかの受験者(仕事をしながら勉強してる人)より時間的アドバンテージだけはあるということで、各参考書・問題集を用いながらノート作りに専念した。



1領域をまとめた後は、中央法規の模擬問題の前にノートの内容を誰か他の人に説明するように声を出して読み上げながら頭に叩き込むという手法を取った。



(カミさんが聞き手になることもしばしばあったw)



 



勉強の方法としての流れは確立しつつあったが、



時間的な配分と精神バランスとの調和が難しい時期もあった。



例えば3時間ぶっ続けで行い、後は何もやる気がしなくなってしまってダウンしてしまったり、1日中勉強した翌日は何もする気が起きなくなってしまうという事が続いた。



そこで色々調べてみるとStudyPlusという勉強の記録が出来るSNSを発見した。



朝昼晩で1コマ2時間ずつ、計6時間行うことをノルマとし、上記の流れで行うことにした。



それでも勉強慣れしていない自分に6時間はなかなかハードなノルマだったと思う。



朝できない時もあり、そういう時は昼に2コマ行うことで補った。



 



進捗としては12月始めに上巻(午前の部:介護過程まで)が終わるという状況。



この頃には大原主催の模試があり、午前だけはしっかり点が取れるように臨んだ。



結果は午前だけ見ると平均を少し上回る程度で、ユーキャンでは拾いきれない知識や自分の記憶のあいまいさを痛感した。



大原の解説もノートに組み込んでいった。



 



この辺から尻に火が付くようになり、上記の時間的・プロセス的流れを崩さないように勉強した。



12月中盤には介護福祉士受験暗記ブックを購入。しかしこれは内容が深すぎるもので、あまりオススメはできないが、補足的に使用していくことにした。



 



年末年始をほとんど返上して1月中盤の大原模試には全範囲のノート作成が終わるという目標を立てたが、「こころとからだのしくみ」だけ終わらなかった。



模試の方はそれなりに良い点が取れたので、上記の流れでの勉強は間違ってはいないと実感できた。



 



大原の解説もノートに加筆しながら、とにかく愚直に流れを崩さないように一つ一つ知識をモノにしていくことは続けた。



全範囲のノート作成、声出し復習、ユーキャン問題集と中央法規の模擬問題集が終わったのが、試験の5日前くらいだったと思う。



 



それからやっとのことで中央法規の過去問解説集に手を付ける。



「過去問マラソン」と称し、とにかく過去問を解きまくり、知識の確認と不足している部分を補った。



 



これで9割近い正答率だったので一応の自信にはなっていたものの、本番はどうなるかわからないという思いの方が強かった。



 



試験前日はホテルに前乗りしてとにかくノートを読みまくった。



試験当日と結果についてはhttp://ameblo.jp/lazydaniel/entry-11465473110.htmlを参照してもらえるとありがたいが、どうやら105点取れてたっぽいので、色々あったが、間違ってはいなかったんだと思えるようになった。



 



まとめとしては、



・テキストは自分が受ける試験の年の仕様の物を使う。
(早くテキストを決めて勉強に取り組みたい気持ちはわかるが、法改正など新しい情報に対応したものを少し待ってでも選んだ方が良い)

・ユーキャンはテキスト・問題集ともに使えないということ。



(他にも色んな講座が山ほどあるのでどうしても作成がおざなりになるのだろうか?)



・中央法規の関連書籍は固い文章だが論点がわかりやすい



(福祉の書籍に重点を置いているせいか知識も深く合格に添った内容である)



・今回紹介した勉強法は時間がある人でないと成立しない。



(僕も諸事情で仕事を辞めて結果的に時間が出来たからできた芸当だろう)



・模試は使っている参考書以外の主催者の物を受けておいた方がいい。



(受ける事で問題を解く以外にも試験自体の流れがわかり、注意事項も説明してくれる為、本番で慌てる事が少なく試験に集中できるのと、他の主催の物を受ける事で別の知識が得られる)



24回の問題をそれなりに解けることで安心してはいけない。



24回は苦心して受けた方々には申し訳ないが異常に簡単。個人的には118点だった。)



・介護福祉士は思った以上に「高齢者介護・援助」向けである。



(障害者系、児童系など他の福祉サービスに従事した人は苦労すると思う。逆に高齢者系の人は普段やってる事が問われる事も多々あるので少し気楽に構えてもいいだろう)



 



恐らくもっと効率の良い勉強法はあると思うし、ずいぶんアナログな方法を取ったなと思うけど、ノートが完成した時の充実感と安心感は大きかった。



内容の薄いユーキャンを軸としているが他の情報・知識もフォローして、自分で作ったノートが一番信用できる資料に結果的になったわけだから。



 



僕のように全く福祉に関係ない状態で飛び込んで3年で受験する人はこのくらいやれば



まあ何とかなるでしょうっていうお話でした。


去る127日に行われた介護福祉士国家試験、



あれから少し時間も経ったこともあり、振り返っておこうかと思う。 



僕は千葉会場で行った。場所は幕張メッセ。自宅からドアドアで45分みれば到着できる場所だが、武蔵野線・京葉線を使って移動するのが怖かった(ホントよく止まる・遅れるから・・・)ので、前乗りして会場近くのホテルから赴くことにした。



 社会福祉士国家試験と同会場ということと、何やら子ども向けのイベントがあったらしく、9時過ぎに会場に向かう際には黒山の人だかりだった。




前日、ホテルで熟睡できたとは言えないが、
朝弱い僕としては前乗りは正解だったかなと思う。駅周辺からメッセの道のりは特にごった返していたからね・・・。



だだっ広い会場の中で、自分の席を探す。運良く自分の席はかなり前の方だった。(前から2番目)



これはラッキーだったと思う。逆に後ろの方だったらと仮定すると人数の多さに圧倒されてしまいそうだから。前なら後ろを振り返る事もほとんどないから人が目に入らないから。ついでに言えばトイレもすごく近い所にあり助かった。待っている時間は自作のノートを斜め読みしながら最後のあがきをしていた。どうしても余計な事を考えがちになってしまうのを振り払う意味もこめて。




そうこうしているうちに試験についての説明のアナウンスが流れ始めた。
だんだんと緊張感が高まってくる。それでも小規模であったが大原での模試を2回受けていたおかげか、段取りのようなものはそこでシュミレーションできていたので無駄に混乱することはなかった。



午前の問題は特にひねくれた問題が多かったように感じた。ハンセン病について出るなんて想像もつかなかったし、「人間関係とコミュニケーション」についても、模試や過去問であればここは点取り領域だと思っていたのだが、僕にとっては意味的にはわかるものの初めて見る用語が出たので容易ではなかった。



他にも介護休暇の問題、精神病院の入院についての問題などが出て、明らかに24回と比べると難易度は上がっているように思えた。(まあ、24回は明らかに簡単すぎということもあるのだが)



明確に正解できているという問題が大原模試や自宅での過去問マラソンよりも少なく、手ごたえとしてはかなり乏しいように感じた。予想は最悪60%を切ってしまうかもしれないという不安感に襲われた。



午後もド頭の問題から「ハヴィガーストって誰??」って感じで一瞬動揺した。(児童期の特徴を落ち着いて思い出すことでその学者を知らなくても解ける仕様だと思うが)
大原の講師から総合問題で低調な得点だと足切りが行われるという、本当か噂かわからない話も聞いていて、それにしては総合問題の一部(リウマチの問題)が僕にとっては難問に感じて、焦燥感を募らせていた。
(ちなみに総合問題から僕は手を付けた。そういう事情があるのであれば、最初に解いておいて、最後に時間が無くなるという不測の事態を避けたかったからだ)



午後は午前に比べれば難易度は低かったように思えるが、24回の試験に比べれば難易度は高く、午前も午後も2223回と比較すると難しいというより惑わせる・ひねくれた問題が多かったという感触。手ごたえとしては70%取れるかどうかというもので、試験終了して「あー、これボーダーだなぁ・・・」と微妙な気持ちでいた。

連日の勉強での疲労の蓄積、試験そのものの疲れ、先述の微妙な気持ち、解放感など,
いろんな気持ちがごちゃまぜになって、どこかに寄って一息つくことすらしたくなかった。とにかく早く家に帰りたいという心境だった。



家に帰って、カミさんに試験前日から試験当日のこと、手ごたえ等を話しているうちに速報が出始めていた。僕は予め中央法規(けあサポ)のメルマガに登録しておいたのでその速報と、大原の速報を2つ使って自己採点をした。



いきなり「人間関係とコミュニケーション」の2問を両方落としてしまった事が判明した。もう、PCの前で「落ちた!!」と叫んでしまった。



動揺する僕を見るに見かねてカミさんが試験センターのHPを調べてくれたり、Yahooの知恵袋などを調べてくれたりした。それによると、「人間の尊厳と自立」+「介護の基本」でワンセット、「人間関係とコミュニケーション」+「コミュニケーション技術」でワンセット、になっていることが確認できた。

カミさんの感覚では「
10問くらいある領域を全部落としたならともかく、たった2問落としたせいで、他のが全部無駄になる試験なんておかしいと」思ったらしい。いや、持つべきものはカミさんと本当に思ったよ。

「人間関係とコミュニケーション」の両落としで一抹の不安はあったものの、
けあサポ・大原ともに相違のある解答はなく、全体的には85.2%取れてるという予想でかなり安心した。

午後の速報はもう少し時間がかかるという事で夕食を食べてから
もう一度各HPを見てみるとどちらも8時くらいには速報が出ていたと思う。総合問題も全問正解とは行かなかったけど、間違えまくりということはなく一安心。
全体の正解率も90.3%ということだった。

午前午後を総合すると
87.5%の正解率ということでどうやら安全圏のようで、本当にホッとした。例の「人間関係とコミュニケーション」の所がどうしても不安なので、翌日、試験センターの試験室に電話して確認すると、やはり上記の解釈で良いようだ。

元職場の人たちの感覚では「介護福祉士は余裕で行けますよ~」なんて言われたが、
僕は何せ全くのゼロから福祉業界に入り経験年数も3年半強。しかも自分が考えていたより、ずっとずっと「高齢者介護・支援」に重きが置かれていたので、知的障害者支援をしていた自分にはわからないことだらけだったので、正直きつかった。

学生時代も定期試験は一夜漬け、大学受験に関しても「今の学力で無理なく入れる所を」
なんて氷河期世代なのにゆとり教育真っ青の考えで臨んでいたため、長いスパンで勉強などしたことなかったので、どう勉強していいかもわからず、大変だった(まあこれは過去の自分の自業自得だが・・・)。

それでも何か不測の事態がない限り合格してそうで何よりだ。



カミさんを始め、Twitter等で繋がっている人達が応援してくれたり情報提供してくれたりしたおかげで、発表のある3月下旬は桜は咲きそうです。

この場を借りて今一度感謝申し上げます
m(__)m

そんな僕がどうやって勉強したか、それはまた別記事で書こうと思います。


隣県に住む両親。
自分で言うのも何だが、山あり谷ありあったけど仲睦まじく暮らしてるイメージだ。

僕ら(カミさんの体調によっては僕一人)で月に一度は実家に帰り、
ご飯を食べたり、近況を報告し合ったりしている。

今日もいつもと変わらずカミさんを助手席に乗っけて帰省した。

自分の部屋に着いて、ちょっと探し物をしたくて母の部屋に入った。
家庭によってはそういうのはNGだという家庭もあるだろうが、
僕たちの家族はオープンな方なので、ちょいと失礼しますよっという感じでお邪魔した。

探し物はなかったんだけども、一冊のノートが僕の目に飛び込んできた。
そのノートの表紙には
「○○さん(父の名)が愛しているのは■■さんだけ。私は別れを告げられるの?」
等と書いてあった。

本当は中身を見るのはいけない事だが、魔がさしてパラッと見てしまった。
たまたま開いたページに僕たちの結婚式の話題が書いてあった。
まじまじと読んだわけでなく一瞥しただけなのでハッキリとはわからないが、
僕たちの結婚を喜んでいるようだったが、そのページの最後に
「あの時2人で死ななくてよかった」的な事が書いてあった。

僕は怖くなってそのノートを閉じた。

■■さんが誰なのか僕にはわからないし、
それが過去の人なのか現在も関わりのある人なのかもわからない。

とてもショックだった。

いつも明るい母がこのようなノートをしたためていること。
そして2人の間に過去または現在(恐らく過去)に何かあったこと。
その心の奥底にしまった、負の感情があること。
それをそんなことなかったように毎日気丈に振る舞っていること。

このノートの存在を父は知っているのだろうか?

所用で家を短時間空ける父を明るく送り出す母。
それはいつもの光景のように思えた。

恒例の母と僕のカミさんと僕で外食する時もいつもと変わらない明るい母。

僕の心はとても複雑だった。
この件に関して単刀直入に聞く勇気もない。
母には母の思いがあって、それを僕があーだこーだ言う権利もないのかもしれない。
ただ怖かっただけなのかもしれない。

ただあんなに仲が良さそうな両親を見る限り、
そんな複雑な事になっているとは想像もつかなかった。

母も妙齢になり、人生を振り返った時、色々な事を思い返して
色々な感情が去来してああいうノートを書かざるを得ない心境になったのだろうか。
何かを吐き出したい心境がそうさせたのだろうか。
誰かに思いを知ってほしいのだろうか。

子供である僕にできる事は何だろうか。
とりあえず今日は静観するしかできなかった。

夕飯(両親と僕ら夫婦同席)の時、母は僕の少年時代の話や
父の健康状態、身の周りで最近あったことやニュースについて
他愛もなくペチャクチャ話していた。それはいつもの光景のはずだが、
あれを見た僕にはそれすら複雑な気持ちにさせることだった。


そこで両親がネコがじゃれあうようにお互いを茶化している時にジャブを入れてみた。
「まーまー、2人ともいつまでも仲良くしてくださいよ♪」と。
母は「さーどーかなー」とおどけていた。
父は「俺は仲良くしてるけどね~」とこれまたおどけていた。
僕は「あれっ?母さん何かあるんですか?」と踏み込んでみた。
(もちろんそこで「実は・・・」と切り出すことはないとわかりながら)
それでも「さーねー」とおどけてみせる母。
ちょっと僕もしつこく食い下がって、「あれあれ~?」とおどけてみせながら切り込んだ。
何度かそのやり取りが続いたのち「仲良くやってるから大丈夫だから~」と答えた。

父はノートの存在と中身を知っているのだろうか?

母は僕がノートの存在に気づいてると思っただろうか。
(部屋に入った後「何か探し物?」と聞いてたし、
「さーねー」でおどけて食い下がるのも僕らしくない)

それが本当かどうかなんてわからないしわからないでいいのかもしれない。

でも僕が35になろうとしてたって子どもとしてはいつまでも仲良くあってほしいと思うんだ。

僕にも人生を捨てて自暴自棄になっていた時期があった。
20代のほとんどを厭世感丸出しで生きて時間を無駄にした。
本人に自覚はないが、それを救ってくれたのはカミさんだと思う。
自暴自棄な僕を見て、
まさか僕が人生に真剣になり、結婚までするなんて思わなかっただろう。

子はかすがいなんて誰でも知ってる言葉がある。
それで2人が幸せに暮らせるならいくらでもかすがいになろうじゃないか。
こんな僕が結婚できたのが喜ばしいことならば、
僕とカミさんはずっと幸せでいようじゃないか。
時に僕も過ちを犯したり、ドロップアウトすることもあるだろう(今もある意味そうか)。
それでもカミさんを大事にする気持ちを忘れずに生きていこう。
カミさんはウソだと常々言うが、彼女は僕たち家族の救世主なんだ。
かすがいは2つに増えた。
物質的な親孝行はなかなかできる状況ではないが、
精一杯かすがいでいよう。そう誓った。
毎日を精一杯生きる。僕たち2人で喜びを分かち合い、苦難を乗り越えようじゃないか。

この件に関しては母もしくは父から何かアクションがあるまで
僕は知らなかったフリをするのがよいのかなと漠然と思う。
何かアクションがあれば僕だってできる事を真剣にやろうじゃないか。

これから両親が生涯を終えるまで後何回会えるだろう。
そんなことを考え始めたここ数年。

「僕たちは仲良く元気に頑張ってます!」
そんな報告をするくらいしかできないかもしれないけど、
それが親孝行であるなら、それをしよう。

そんなことを考えてみた。
11月19日、僕たちは結婚1周年を迎えた。
あっという間の一年、色んなことがあったけど、二人は概ね平和に生きられたんじゃないかな。

現在ある程度時間が自由に使える身でもあるので、
1周年記念をしようということになり、カミさんの体調なども考慮しつつ、
「電車で東京に行き、『非日常を味わう』」
というテーマで赤坂・永田町1泊旅行をプラン。

まあ、住んでるの千葉なんだけどね(笑)。
遠さよりは「普段のお出かけなら絶対やらないこと」を重視した。

事前に赤坂エクセルホテル東急の
【至福の晩餐】~ふたりの記念日~お祝いプラン
てなやつを予約。

これ、特典にケーキと写真撮影がついてくるらしく
ホテル側からケーキのメッセージプレートに入れる文字(15文字)を教えてくれ、
なおかつなんか配慮することあったら言っておくれというメールが届いたので、
あれこれ文面を考えた。
これがなかなか難しい。
15文字以内かつ、結婚記念日ということがわかり、
パティシエさんにドン引きされない臨界点で気持ちが伝わるメッセージを
考えなければいけない。正味1時間かかったね(笑)。しかも1回却下されたね(笑)。

その結果がこれね。

カミさんはちょっと恥ずかしいタイプの文言だと言ってた。
彼女は少しのひねりを求めていたのだろうが、上記の条件でそれは無理だ。
でも、彼女に「そのままでいいんだ」ってことは伝えたかったわけだから良し。

僕らは遠恋時代が長く、いつもなるべく安いビジネスホテルに泊まっていた。
そんで基本的に観光するわけでもなく、
ホテルの部屋かその周辺でダラダラしたり他愛もない話をするのが定番だった。

一応赤坂に来たわけだからTBSとかサカス行っとこう。
とかベッタベタなことは考えるわけだけど、
昼にホテルに着いて、しかもフロントさんが気を利かせてくれて、
チェックイン2時間前だったけど部屋に通してくれた。
さあ、そうなるとサカスのイルミネーション見るまでに
これは相当の時間をいかんぞという話になるわけで、
ここらへん普通のカップルなら戦々恐々としちゃうのかもしれないが、
そこらへんは遠恋時代の僕らのスタイルが功を奏して、
昼飯食った後一ツ木通りのモリバコーヒーで1時間半潰しても全然苦じゃない(笑)。
むしろ、遠恋時代に戻ったような懐かしさと新鮮さが蘇ってきたわ。

しかし16時前には限界を迎えとりあえずサカスの方に行ってみた。
何がサカスで何がブリッツで何がACTだか全くノープランで行ったもんだから
やっぱりショップでみやげ買ってTBSの1Fロビーでプリクラ撮ってダラダラ。

結婚1年とはいえ同棲期間が5年あったわけでそこらへんはドーンと構えてます。
で、イルミネーションはコレ↓


有名どころのイルミネーションに比べると小ぶり感は否めなかったけど、
こういう光の雨みたいな感じでけっこう気に入りました。
あ、ちなみにみやげはこんな感じにしてみました。↓

渡鬼は全然見てないんだけどインパクトに惹かれて買っちゃいました。
後は思い出ファイルに入れる用のポストカードと普段使いのハンカチ。

その後いい加減寒くなってきたのでホテルに戻った。
ちなみにホテルはこんな感じ。

モデレートダブルはこんな感じ。


事前にスペック確認した時は大した広さじゃないかなって思ってたけど、
バスタブの代わりに高性能シャワーがある分部屋は広く感じたし、
エアコン設備がいい感じで乾燥しすぎないようになってるっぽいので
過ごしやすかったです。

時間になったら今回のメインイベント、ホテルディナーへ。
事前に伝えてあった、カミさん=少食+エビ苦手、俺=トマト苦手を
いちいちこちらに確認しないで料理に反映されていて感動。
スタッフのホスピタリティーも素晴らしく、
こちらの状況をつぶさにそしてさりげなく確認してサラッと次の料理を出してくる!すごい!

デザートまで食べ終わり、いよいよ記念撮影とケーキ進呈。
「もう腹いっぱいでケーキとか無理っぽい・・・(特に少食のカミさんは)」と発言しない内に
「お持ち帰りになることもできますよ」とスタッフ。神通力でもあるんすかね(笑)。

写真撮影をしてもらって、恥ずかしいようなそれでいていい気分でいると、
後方に座っていた初老の男性が拍手をしながらこちらに向かってきた。
「いや~、良い物を見せてもらいました。私も結婚40年だが妻にこんなことしてやってことはない。末永くお幸せに」と言ってくれた。
その後も少し雑談して思ったのがいわゆる団塊の世代の方で恰幅も良いのだが、
言葉のチョイスやトーンにさりげない・見せつけない上品さがこもってるんだよね。
気持ちも温かいし、完全に一期一会だけどいい出会いだったなぁ。

部屋で少し休んだ後は、建物の13Fだったかにあるジパングというレストラン兼バーへ。
これがまたエグゼクティブ感が強くて、ホスピタリティーもハイクラス。
バーなんて僕らの日常にはないもんでとても場違いな感じがしたけど、
そしてお酒も普段飲まないから何頼んでいいかすらわからなかったけど、
(いつも居酒屋で飲むモスコやジントニック以外のにしようと思った。テーマ「非日常」なんで)
何だかドラマの中にいるような気分にさせてもらいました。

そんなわけで1日目は遠恋時代の匂いに懐かしさを感じながら、
普段絶対泊まらない・泊まれないホテルとその施設で非日常なエグゼクティブ感を堪能した。

2日目の「非日常」は「日本の中枢」に行くってことで国会議事堂見学へ。
道すがら交差点ごとに緊迫感あふれる警官が立っていて厳戒モードを感じたけど、
きっと彼らにとってはこれは日常的なことなんだろうなと思った。

ちょうど参議院が見学できる時間になったのでガイド付きでツアーしました。
小学生の時遠足で来たけれど、それから22年くらい経った今、
建物の趣の深さに感慨深いものがありましたね。使ってる材質とか歴史とか・・・。
カミさんが名言を残しました。「建物がカッコいいんだから中の人もカッコよくあって欲しいものだね」と。ホントに僕もそう思います。



参議院会館別館でお土産を買って↓







国会図書館でカミさんはボボボーボ・ボーボボのキャラ本を閲覧。
(ボーボボの絵でデスノートが描かれてるやつ)

僕はドラえもんの「分解ドライバー」っていうドラえもん史上最もグロくて、
単行本には未収録になった回を是非読みたかったんだけど、
藤子不二雄大全集も、当時の雑誌てれびくんも上野の施設に移動したらしく
読めずに残念でした。

まあ、そんな感じの旅行だったわけだけど、
色んな意味での非日常を味わいつつ、自分の世界がちょっと広がった気もした、
とっても有意義な結婚記念日となりました。

色んな意味で不安定な俺だけど、カミさんよこれからもよろしく。


金曜から今日までカミさんは故郷の仙台に里帰り。
目的はいったい何なんだろ。
ちょっとお高い美容院に行って、喪服を買って、
外食以外で自分以外の誰かが作った料理食べに行った。

そんな感じなのかなぁ。
あくまでカミさんの発言からは家族に会いたいとか
故郷を感じたいというような旨の内容は聞こえない。(実際知らんが)

で、今日帰ってきて一息ついて衝撃の内容を聞かされた。

仙台駅東口のレストラン、「DUCCA」がなくなってた!

この店は、僕ら2人にとって非常に重要な店だったんだ。
ひょんなことから付き合いだしたのが、もう7年前になるんだけど、
これもひょんな事からいきなり遠距離恋愛だったんだ。

僕は埼玉、彼女は仙台。

会うのはひと月に一回。
関東で会ったら次は仙台。それを繰り返してた。
二人でいれば後は何も要らない。
そんな物言いはクサいからあんまり言いたくないんだけど、
ホテルにチェックインして、おしゃべりなどをして、
チェックアウトしたら何をするわけでも、どこに観光するでもなく、
2人で行動するのが基本だった。

そんな遠恋初期。僕が仙台に初めて訪れた時か2回目くらいか忘れたけど、
彼女が連れていってくれた店が「DUCCA」。

夜には飲み屋になるみたいなんだけど、
昼はランチもやっていて、高級感丸出しみたいなイヤミったらしい店じゃなく、
手の届きそうなおしゃれな雰囲気を出している、いい店だった。

窓際のカップルシートに並んで座ると
喫食しながら仙台東口の街並み・人の流れが楽しめた。

仙台に行くたびに必ず行ってたかと言われればそうじゃなかったが、
僕にとっては彼女と仙台を印象付けるような店だった。
ずっと心にあの店はあった。(それからもう1,2回行った気がするけど)

時は流れそれから6年後、遠距離恋愛は2年で終わり、僕たちは千葉で同棲していた。
僕たち(主に僕にか)には乗り越えるべき問題が色々あって、
結婚まではまだ至っていなかった。

そのすべてを乗り越えて、結婚の話が2人の中で具体化していった。

僕はそのずっと前から決めていたんだ。
あの思い出の「DUCCA」でプロポーズするとね。
5年も同棲して今さらプロポーズなんて思うかい?
そういうことに関しては、恥ずかしいのか無頓着なのか、気にも留めない彼女。

だけど僕はこの店でシンプルな言葉でいいから伝えたい、そう思ってた。
2人で仙台の彼女の実家に行った際、彼女が昼はどこで食べるかと聞いたので
僕は迷わず「DUCCA」と答えた。

「あ~久しぶりだね」なんて反応をしていた彼女。
緊張しているが緊張を悟られないようにふるまう僕。

カップルシートは当時と違って禁煙席になっていた。
喫煙者な僕らはいつも店では喫煙席に座る。
それが突然禁煙席を指定したら不審に思われないか。
そんな思いがよぎって、普通のテーブル席の喫煙席を指定した。

ランチタイムということもあってか、元から人気があったのか、
席は昼休みのサラリーマン・OL・主婦などで埋め尽くされていた。
食事を摂って、ドリンクを飲みながら他愛もない話をしたと思う。
内容は僕の頭には入ってきてはいなかった。
ただ、ここでプロポーズする!という思いだけで、
頭の中は「早くこの人たち帰らないかなぁ」「客が帰っても店員がいるから・・・」
とタイミングばかり窺っていたのだ。

そこで神がいるならチャンスをくれたのだろう。
一瞬、客も店員もそのスペースにいなくなったのだ。
今だ!と思い、意を決して、「今更だけど僕と結婚してくれませんか?」と伝えた。

彼女は少し驚いて黙っていた。僕は彼女を見つめた。
照れ笑いのような表情をして「しょうがないなぁ~」と答えてくれた。

本当に忘れられない出来事だった。

そんな出会ったばかりの2人と、結婚という一区切りを彩ったDUCCA。

大切な大切な店が、昨日カミさんと母親で東口を通りかかったら、
見事なまでの更地になっていたという。

その話を聞かされて僕の中で、ものすごい喪失感が襲った。
証拠に煙草を連続で3本も吸うというわけのわからないことをしながら
肩を落として、その事実に嘆きの声を上げていた。

カミさんにはその姿は滑稽に、そして不憫に見えたのだろう。
「思い出は消えないからさ~」と言いながらも大笑いしていた。

そして一言こう付け加えた。「乙女のようだな(笑)」と。

だってこれからも仙台に行くたびに、DUCCAを見るたびに、
あの日々のことを思い出すつもりだったんだもん!!

まさかプロポーズしてから1年たたずに更地になってるなんて、ショックを隠し切れない。
もうちょっと、いつまでもなくならないところですればよかったかなぁ・・・。
勾当台公園とかさ。

そんな僕たち、今日もドタバタ、なかよく生きてます(笑)。
(いいのかこんなオチで)
ふとカミさんが先日、「かっぱ橋とか行ってみたいなぁ~」という趣旨のことを言っていた。
何となく調べてみると今、お祭り的なことをやっているとかなんとか。
100周年だとかなんとか。

で、公式のポスターがコレ↓



カミさんが今週末に里帰りする為、行くなら今しかないっしょということになり、
大して調べもせず繰り出した。

かっぱ橋のイメージ。
「食品サンプル」「しかもそれが体験作成できちゃったり?」
あとは主に食品・飲食業の業務用の物がいっぱい売ってるっていうことくらい。

行ってみて思ったし、ポスターにも明記されてるのだが、
どうやらいわゆる「祭り!」という雰囲気が味わえるのは週末+祝日のみみたい。
(出店が出たり、音楽的なイベントがけっこうあるみたいだが・・・)

平日に行ってしまった僕らはその雰囲気は味わえず、
特に祭りの雰囲気好きのカミさんはちょっとガッカリな感じでもあったかな(笑)。

だが、せっかく来たんだから楽しむところは楽しんじゃいましょーってのが
へっぽこ珍道中のノリなのさ!

ということでさすがに一軒一軒を覗くということはしなかったが、
問屋街情緒を楽しみながら、「買い物」「体験」に重きを置いて歩いてた。

まずは飲食店の表示板とか看板とかが売っているお店に突入!
(ごめんなさい!名前は失念してしまいました・・・)

お品書きの土台とか「予約席」の表示や
料亭にあるような和風の木製の、おすすめメニューが書いてあるような台など盛りだくさん。
かっぱ橋って感じだよなぁ~と小学生みたいなことを思いながら散策。

で、その店で買ったのがコレ↓


我が家は食器棚にクロスをかけてカウンター風にして、
うそっこシステムキッチン感を出してるのだが、同時に喫煙スペースでもある。
こういうの一つ置いただけで、一気に小洒落た感じになるよね。

ん?なるよね?なるんじゃないかな?でもちょっと覚悟はしとけ(@さだまさし)
そしてクロスに灰が染み付いちゃってるのも覚悟はしとけ!

僕らは食品サンプル店が多くある側の道を歩いていたんだけど、
反対側にはのれんやのぼりを販売している店が多く、
「担担麺」とか「ラーメン」とか「ランチ」とか書いてあるモノがたくさん陳列されててね。
時間も正午前後だったもんで、「お!あっちには食べ物屋があるのか!」とか
ガチで思ったよね・・・。ガチって言っても5秒くらいだけどね!

で、食品サンプルの店に何店か入ってみたんだけど、
やっぱり手作りということもあり、精巧で食欲増しちゃう感じだった。
写真は取れなかったけど、個人的には
焼き魚のサンプルがホント見間違うくらい良く出来てると感じた。

僕が特に見たかったのはこういうのね↓

フォーク浮いてるやつ。

地元の商店街に洋食屋があって、
それがこういう「フォーク浮いちゃってます」ディスプレイを採用してて。
良くその店には父親に連れてきてもらってたから、童心帰りまくり。

そして精巧なだけあってやっぱりお値段は結構するモンなんですね。ちょっと甘く見てた。

例えばソースかつ丼が5500円とかエビフライが4000円とか書いてあるわけです。
一方トリュフが500円とか、もう飲食店だとしたら価格設定メチャクチャなわけ(笑)。

そういうのをいっぱい見ていくにつれて、
自分の金銭感覚おかしくなっていってた(笑)。

「あ~、エビフライ4000円じゃあもう気軽に食べられないなぁ」とか思ってるわけ。

さすがにこういうのはウィンドウショッピング的に見て回ってたけど、
あるお店で、実用性ありながら、ユーモアあふれる商品があって思わず買ってしまった。
それがコレ↓


うわ~お!みかんにボールペン刺さってるよ奥さん!!

まあご覧のとおりペン立てなわけだけども・・・。
今この記事書いてて目の前にあるんだけど、わかってても一瞬みかんそのものに見える。

これは自画自賛だけどいい買い物したかなとね。

そしてさらに練り歩いていると、正直お腹が本当に減ってきた。
すると店先に食券マシンがあって、もういい加減腹も減ったし、
グルメを堪能しに来たわけじゃないからここでいっか!
って思ったら、食券とか料理を売ってるんじゃなくて、このマシン自体を売ってるのな!!
これはガチで間違えたよ!近づいて財布出しそうになったもん。

結局、祭りというより、各店大売出し的な要素で平日はお送りしているようで、
切子グラスがお値打ちだったので2個買っときました。
僕、おっさんの風貌した乙女なモンで、切子とかガラス細工とかキラキラしたのを
見てるとウットリしてくるんですよ、気持ちわり~な(笑)。

それをわかってるカミさんに買ってもらいました。


緑は珍しいと思います。

アクセサリー入れにして重宝しようと思います!

で、肝心の体験の方は「イワサキ・ビーアイ」さんで出来るみたいなんですけど、
今日の今日ではさすがに無理だったみたいでした・・・。

何日前から予約すればできるんだろ??

結局、その後は台東区循環バス「めぐりん」に乗って上野駅まで送ってもらい、
かっぱ橋、目いっぱい楽しんできました!

今度はもうちょっと気合い入れてサンプル体験絶対やってやる!!

ってことでまた機会があったらぜひ行こうと思います。
浅草からも離れてないので、浅草観光のお供にも良いかも。


ミッシェル・ガン・エレファントが解散してもう10年近く経つ。
その間チバユウスケはROSSOを経て、The Birthdayを結成し今に至る。

僕はミッシェルにデビューしてちょっとしてからドップリハマっていた。
一見わかりにくい歌詞は内省的でありながら、
動かせないヘビーな現実や人間関係に対峙した時のあらゆる感情が込められているように思えた。
それが当時の、長く続いた暗い青春時代の僕の心を捉えて離さなかった。

そしてそれがパブロックを基調とした音と共に鳴っている。それが最高だった。

解散後のROSSOは全くのスルーを決め込んだ。
そしてThe Birthdayがデビューした時はドラムにクハラカズユキを迎えたこともあり、
手に取ってみようと思えるようになった。
その1stアルバムを聴いて僕はきっとガッカリしたんだと思う。
当たり前だがそれはミッシェルではない。
アルバムを聴いた個人的な感想としては、歌詞にあまり共感できなかったことと
曲が長くて冗漫なものが多かったということだった。

それから長年スルーが続いていたが、去年"爪痕"という曲を聴いて、
僕の好きなチバが戻ってきたような気がした。
ミッシェルのような現実認識というよりはセンチメンタリズムだったが、
1stを聴いたガッカリ感は払拭出来ていた気がしていた。

そして"I'm Just A Dog""VISION"は音楽的には受け入れられた。

前置きがかなり長くなった。
このツアーはおそらくこの2作を中心にセットリストが構成されると思い、
またチバの姿が見たくなった。それで参戦したわけだ。

ひょんなことから手に入れたミッシェルのラストツアーのTシャツを着て
現地に到着すると、当然だが周りはBirthdayのTシャツを着た人ばっかで
ちょっと浮いた気分になったけどね(笑)。

開始予定時間を10分越えてメンバー登場。
ツアー初日ということもあり気合が入ったパフォーマンスを見せていた。
3曲目くらいに"ROKA"を演り、まず一つの盛り上がりを見せた。

僕の位置は後方で、いわゆるモッシュやダイブのゾーンではない、
落ち着いて見る部類のゾーンだったが、皆思い思いにノッていた。
僕も"ROKA"のころには手を振り上げ、サビを歌っていたりした。

予想通り"VISION"の曲を中心に"I'm Just A Dog"の曲を織り交ぜ、
それ以前の曲はあまりやらなかった。

後方のゾーンもバンドのパフォーマンスと前方ゾーンの熱気を受け、
ボルテージが上がってきて、僕も"Buddy"を演っているころには
汗だく・酸欠気味でも拳突き上げジャンプしたりステップ踏んだり、
大声で歌ったりと楽しめていたと思う。

そして中盤のハイライト"涙がこぼれそう"で会場のボルテージはMAXに!
これは僕の好きな上記2作以外の楽曲だが、盛り上がり必須ナンバーなのだろうね。
僕も(多分他のオーディエンスも)Oasisのライブみたいに合唱していた。

ライブ終盤の"なぜか今日は"→新曲"さよなら最終兵器"に向かって、
バンドも観客もフルスロットル!僕も帰りの2時間の移動のことなんか吹っ飛んで
盛り上がりまくった。

アンコール1回目は"Red Eye"。間奏でジャムセッション(チバはハープ)になり、
これはこれでジャジーですげぇかっこよかった!チバはビール飲みながらだった(笑)。

2回目は"ローリン"(これも上記2作以外)。会場とバンドが一体となり、燃える燃える!!
そして終演。Tシャツはグチョグチョ。激しいライブだったが完全燃焼できた。

始まるまではどうしてもミッシェルと重ね合わせてる自分がいて
楽しめるかどうかは結構不安だったんだ。
だけど、The Birthdayのメンバーは、当然だがThe Birthdayとして
非常に楽しんでパフォーマンスしていた。
(最後の曲終わりではチバはとてもいい笑顔をしていた!)

僕も思い切り楽しんだ。ミッシェルがどうとか、歌詞の世界観がどうとか
そういうことはもうほとんど考えてはいなかったんだよ。

そりゃミッシェルは今でも僕の中で最高のバンドだ。それは変わらない。
だけど、アベ亡き今、再結成があるとも思えないし、
例えアベが生きていても当時のミッシェルが帰ってくるとは思えないから
再結成なんてしなくて構わないと思っている。

チバも時を経て、人生を歩むことで歌詞の世界観が変わった。
僕も時を経て、人生を歩む中で色々な出来事・ターニングポイントがあって
現実と対峙するときの考え方も変わってきた。

正直、Birthdayのチバの歌詞はちょっとダサい(笑)。
センチメンタリズムや悲しみは依然としてあるけれど、
思い切り楽しんで歌詞を書いているという側面も大いにある。

きっとこのライブを見たことで本当の意味で僕はBirthdayのチバを
受け入れることが出来たんじゃないかなと思う。

チバが人生を楽しんでいる。バンドを楽しんでいる。それでいいんだ。

そして僕にとってBirthdayの音楽に対してしっくり来たのは
フジイ(ギター)の加入が大きいのかなと思う。
それ以前はやたら長い曲でわざとかと思うくらいキャッチーさを排除していたように感じた
彼らの作品だったが、フジイ加入後、つまり上記2作から曲構成も少しタイトになり、
キャッチーになったと思う。この辺は彼のポップセンスが活きてるんじゃないかと感じる。

ダラダラズラズラ書いてきたが、こういったすべての要素を踏まえて
はっきりとわかった。僕はThe Birthdayが大好きだと。
グル―ヴィーでキャッチーで時に渋くて、ちょっとダサい(笑)、彼らが。

新作はまだまだだろうが、これからも彼らの作品を楽しみに待とうと思う。
1日遅れのカミさんの誕生日ということで、前々から目をつけていたこの店、
リストランテ猫の手南流山店に行ってきました。

駐車場の有無を確認すべく、午前中の内に電話確認すると、
隣のサイゼリアのコインパーキングを利用してくれという旨、
そしてランチタイムは混み合うので予約した方がいいという旨だったので
予約を入れて来店しました。

猫とふれあえる店では一度お台場の「ねこたま」に行ったことがあるのですが、
そこの猫ちゃんたちはなんというかストレスがたまっているような様子かつ
何となくスレているような感じがしてあまりどっぷり楽しめなかったので不安でした。 

しかし、「猫の手」に関してはそこまでじゃなかったと思います。
猫自体も全部で6匹くらいで、内2匹はガラスケースでまったりご飯食べたり
寝てたりするのを客は眺めるという感じでした。

後の猫ちゃんたちも「那須どうぶつ王国」の猫たちほどなつきまくるということは
なかったものの、客に対して興味ゼロでもなく、警戒感丸出しということもなかったです。

スタッフさんはみんなまったりしている雰囲気ながら、客側に対して猫ちゃんたちを
どう扱ってほしいかという但し書きが色々なところに書いてあり、猫ちゃんたちへの
秘めた愛情を感じました。

とても活発でボールやおもちゃに一心不乱な白猫ちゃんや
自分のボックスが定位置でそこで訪れた人間を観察している猫ちゃん、
顔を人間の手にスリスリしてくる猫ちゃん、
こちらに慣れると足の上に乗ってきて落ち着いている猫ちゃんなどがいて、
90分があっという間に経ってしまいました。

僕らが選んだのはお食事コースみたいなコースで、
ガレット・冷製トマトスープ・サラダ・デザート+入場料で一人1600円でした。
リストランテだけど、何も注文しなくても1時間800円とかで遊べるみたいです。
料理の方も期待は正直していなかったけれどなかなかおいしかったです。

13:00に来店し、90分なので14:30退店という流れでしたが、
特に何も言われなかったから混んでなければ無制限かもしれないですね、不確かですが。

店内は猫に関する雑貨や本も販売されていて、「四の五の言わず猫なさい」という雰囲気でした。
スタッフさんは入口のガラスにペイントを書いていて、それを猫ちゃんが眺めるという
とってもなだらかで良い時間が流れていました。

Twitterのフォロワーさん情報によると、冬はこたつもあるということで、
なおさら猫と戯れられるかなと、また冬にも行きたくなりました!

残念ながら、「おやつタイム」が14:30からだったので、おやつあげながらのハーレムタイムは味わえませんでした。

次は冬のカフェタイムにまたぜひ行きたいと強く思ったのでありました。




僕の暗い青春、僕の辛い時期、僕の辛い今、
それをガッチリつかんで離さなかったバンドの一つ、Nirvana。


たぶん、僕は、今、つらい。
もちろん幸福感は持ち合わせてるけど、基本的につらい。
何が辛いかはこの記事では置いておく。

で、Nirvanaを聴く機会が数年ぶりに増してきた。
特に理由はないけれど、正規盤よりも
”With The Light Out”3枚組BOXの曲を聴くことが多い。

前置きが長くなった。
この3枚組BOXが一枚に編集されて発売されたのが"Sliver"ってことですね。

発売されたSliverのラインナップが以下のコレ↓
01. Spank Thru (previously unreleased, 1985 Fecal Matter demo) 
02. Heartbreaker (live, 1987) 
03. Mrs.Butterworth (undated rehearsal demo) 
04. Floyd The Barber (live, 1988) 
05. Clean Up Before She Comes (undated home demo) 
06. About A Girl (undated home demo) 
07. Blandest (studio recording, 1998)
08. Ain't It A Shame (studio recording, 1989) 
09. Sappy (previously unreleased, 1990 studio outtake) 
10. Opinion (solo acoustic, 1990) 
11. Lithium (solo acoustic, 1990) 
12. Sliver (undated home demo) 
13. Smells Like Teen Spirit (rehearsal recording, 1991) 
14. Come As You Are (previously unreleased rehearsal recording, 1991)
15. Old Age (Nevermind outtake, 1991) 
16. Oh The Guilt (split single w/Jesus Lizard, 1992) 
17. Rape Me (acoustic home demo, 1992) 
18. Rape Me (studio recording, 1992) 
19. Heart Shaped Box (studio recording, 1993) 
20. Do Re Mi (home demo, 1994) 
21. You Know You're Right (home demo, 1994) 
22. All Apologies (home demo, 1994)


で、僕が編集して80分CD-Rに焼いたのが以下のコレ↓

1.White Lace And Strange

2.Mrs. Butterworth [Demo]

3..If You Must [Demo]

4.Floyd The Barber [Live]

5.Clean Up Before She Comes

6.Dive [Demo]

7.Token Eastern Song [Demo]

8.Even In His Youth [Demo]

9.Polly [Demo]

10.Opinion

11.Pay To Play [Demo]

12.Here She Comes Now

13.Aneurysm

14.Breed (Rough Mix)

15.Verse Chorus Verse

16.D-7 [Radio Appearance]

17.Return Of The Rat

18.Smells Like Teen Spirit (Butch Vig Mix)

19.Rape Me [Demo]
20.Moist Vagina [Demo]

21.Pennyroyal Tea 

22.Sappy

23.All Apologies [Acoustic]

実際発売された"Sliver"とカブってるのは青字で記してみた。(バージョン違いは含まない)

わ~お、6曲しかカブらないのね・・・w。

てことでこの作成したディスクに"Junk Of Sliver"とタイトルを付けた。

この編集に対しての異論は大いに認めるw。

そもそも俺の編集盤にSliver(曲)入ってないもんねww