街を歩けば、可愛いものが溢れる日本。
雑誌でも「大人かわいい」特集 、、、
おとなかわいいって?!
世界でも Kawaii は共通認識されている一方、
幼い時代をとうに卒業した大人までもが、
いつまでも「幼さ」の特権とも言える
「可愛い」に縛られ続けるのには
なんとも言えない焦燥感を感じます。
ひと昔前までの日本女性は、
ゆかしくも、凛とした
バランスのいい大人でした。
そして子ども達も
そんな粋な大人に憧れたものです。
少なくとも歌謡曲の時代までは
そんな艶のある女性像が
一般的だったように思います。
日本独特のアイドル文化の影響でしょうか。
アニメやトレンディドラマの影響か。
はたまた自信のない男性達が
女性を「可愛い」と位置付けることで、
自分の立場を優位にするためでしょうか。
それとも、日本女性が自ら望んで
「可愛い」を目指しているのでしょうか。
誰が、何のために、
縛り続けるのでしょうか。
若々しく見られたい気持ちは
誰でも少なからずあるかもしれませんが、
年齢不詳で「若く」見える
「美魔女」を讃えるブームも、
いい歳した女性を見た目だけに固執させ
それを助長する短絡的な発想に思います。
誰もが一時的に、そして当たり前に
持つことが許される「若さ」
では「若さ」を失ったとき、何が残るのか。
男女のマーケット需要を見たとき、
女性は「若さ」がひとつのステータスに、
一方で、男性は経験を重ねる中で、
ポジションや年収を
ある程度安定させた層の需要が高いです。
明らかに異なるマーケット需要。
しかし、一般的な婚活事情を見れば、
残念ながら無視できない現実です。
とはいえ、
女性も若さがすべてではありません。
知性や懐の深さ、艶、芯の強さなどは、
経験を重ねた先に得られる
まさに大人女性の特権です。
こんな素敵な大人女性が目の前にいるのに
日本の男性が気づかないのであれば、
気づく世の中にすればいい。
世界のスタンダードに近づければいい。
或いは、そんな女性像が主流だった
粋な時代を思い出せばいい。
個性は大切です。
好みも人それぞれです。
多様性の時代ですから、
「可愛い」もひとつのアイデンティティと
言えるのかもしれません。
一方で、いつまで経っても
「可愛い」から卒業出来ない大人女性は、
世界基準で見るとかなり異様だということを
大人の女性に対しての「可愛い」は
多くの場合、褒め言葉ではないことを
日本女性は知っていた方がいいと思います。
可愛いを身近に育った日本女性は
戸惑ってしまうかも知れません。
しかし、一歩日本を出れば
「可愛い」という概念は幼さに直結し、
「大人 = 可愛い」の図式は成り立ちません。
また「可愛い」の呪縛により
誰もが平等に持って生まれ、
また同時に失う「若さ」や見た目に固執し、
本来積むべき心の成長が伴わない。
アダルトチルドレンが増えている
一因と言えるかもしれません。
私たち自身の固定概念が、
このような環境を
作っているようにも思います。
街中で、年齢に関わらず、
素敵な大人の女性に出逢うと
つい目を奪われます。
気取っているのとも違います。
経験によって、無駄がそぎ落とされた
洗練された佇まいと、
美しい立ち振る舞いに
同じ女性として憧れの念を抱くものです
若さがすべてではないということ。
可愛いだけがすべてではないということ。
学校を出てからも、社会の中で学び、
人として成長し続けることの尊さと共に、
グローバルな時代を生きる次の世代に
世界基準のスタンダードな女性像を
当たり前に伝えていけたら、
日本女性の底上げにつながると思います。
そうなった時、はじめて、
日本男性も、大人になれるのではないか。
日本女性が「可愛い」を卒業するとき、
日本が本当の意味で変わっていく気がします。
5年後のBestな自分に出逢うための
セルフコンディショニング
今日頑張った自分に感謝をこめて
明日はもっと自分に優しく
Laymieでした
