映画館で映画を | 奥浜レイラオフィシャルブログ「L→R」powered by Ameba

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この一ヶ月間で観た映画のことを、ざっくりと。

17歳

フランソワ・オゾン監督の最新作。
女であること、その価値。一番分かりやすく計れるのはお金で買われること、女を売ることだ。
家族にも美貌にも恵まれた17歳の女の子がその道を選ぶという秘め事と危うさ、そして少女から女になっていく過程から目が離せなかった。
主演のマリーヌ・ヴァクトがとにかく美しい!もうそれだけで1800円支払って観る価値がある!
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ニシノユキヒコの恋と冒険

正直、私は一見スルーしてしまいそうなタイプの作品。でもでも、観て正解!
私もニシノユキヒコに会いたいような、それとももう会っているような、共感したり素直にドキドキしながら劇場で。
男の人はずるいよね。でも女だってそうでしょう?
モテるって快感だし、一生それだけが続けば傷つくこともないもんね。
ただ、そればかり求めてると大事な事はこんがらがって、みんな離れていくよ。だから出来るだけほんとの”好き”には正直でいたいなーと思った次第。
受け身でいる事と優しさは違うんですよーーー!って叫び出したくなった劇場で。


アナと雪の女王

「レリゴーレリゴー♩」の歌に持っていかれがちだけど、キャラクターの持つ力が一人一人すごい。それこそディズニー!
特に雪だるまのオラフには、笑わされたり泣かされたり感情の振り幅が大きくて、私はもうオラフの画像を見るだけで泣けてくるようになったよ。わはは。


アデル、ブルーは熱い色

仕事で大阪に行った際、空き時間に劇場で。梅田のブルク7というところ。新鮮でした。
レズビアンの2人の恋愛、と説明してしまうのはあまりに乱暴で、どこにでもある普遍的な恋愛と言うにはドラマチックで情熱的。
アデルとエマ、深い愛の中にいる時の2人の身体はそれはそれは神聖で、誰にもこれを壊せないと思った。壊すのは誰かではなく自分だと。
それがベッドシーンであろうとなかろうと、丁寧に愛を描いた作品というのはゾクゾクするシーンの連続で。青髪のエマの目線ひとつで私もすぐに落とされたよ。
でも、愛を丁寧に描く映画ほど別れもよりリアルに感じるから、大人になった2人のカフェのシーンは観ていて本当に辛かった。
三時間と長いけれど、2人のこの先も追いたくなった。
劇場で観るなら、全景が見渡せる後ろの席がオススメ。一番後ろでも良いかも。

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それでも夜は明ける

現実がこんなに辛いなら、見ない方を選ぶという選択肢もある。
でも私はきっと一生、それを選ばない。
知らなければいけないと思うのは、私に白人の血が少しでも流れているからなのかな。
関係ないのかもしれないけど。
これで歴史の1ページを知った気にはなれなくて、私は聖書も知らない、自由になることの喜びにも無自覚なことを恥じた。そしてもっと勉強しようと思った。
上映中は涙も出なかった。泣くという簡単な同情には値しなかった。それよりずっと残虐さが上回っていたから。
でもエンドロールでスティーヴ・マックイーン監督の名前が上がって来た時、その背負った十字架を想ってじんわりと涙が出た。
これを黒人の監督が撮り、それをアカデミー賞の作品賞に選んだアメリカのことを考えた。
もちろんストーリーも良かったけれど、もっと大きな歴史の動きについて。


アクト・オブ・キリング

これも歴史の知る映画。無意識にそういう二本を選んでいたのは、自分に受け入る態勢が出来ていたからなのかも。
今までに観たドキュメンタリー映画とは違うものだった。
ドキュメンタリーというと、対象のありのままを切る取る、もしくはそれが亡くなった人物なら近しい人へのインタビューや映像や写真で、その人となりや歴史を知るということ。

(以下、HPのイントロダクションから抜粋させていただきました。)
”実際の大量虐殺者に、カメラの前で自らの殺人を演じさせるという前代未聞の手法は、証言と資料のみで構成される一般的なドキュメンタリーとは大きく異なり、出演者と観客の両方に、大きな衝撃を与えることとなった”

劇場には大勢の人が集まっていた。
小さい劇場なので開始前には道路に列が、補助席を使っても入れない人がたくさんいた。私は早めにチケットを買っていたから座れたけど、行かれる方は30分前までにはチケット売り場に行くことをオススメします。
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言葉にしてしまうと衝撃とも戦慄とも言えてしまうけど、この読後感はどれとも違う気がしている。
カメラの向こう側の人々(殺人の加害者)の変化する様は、言葉で表現するのが難しい。ごめんなさい、伝えるのが仕事なのに。

この映画はノンフィクションとも、フィクションとも言い難い。
The act of killing=人殺しの再演をすることで、私たちの前に浮かび上がってくる悪の正体を、私はまだ言葉に変換することが出来ずにいる。
まるで体内から自らの悪事を吐き出そうとするような嗚咽のラストシーン。
あの気持ち、ドキュメンタリー映画では初めて味わった。
たくさんの人に簡単に勧められない作品だと思う。受け止めきれない人もきっといる。

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以上、最近の映画のお話でした!