葉を落として尚残す規則性。
自然美を取り囲むフレームは、唯物史観に取り込まれた我が身を想起させる。
生産性こそが社会の土台であり、生産における広義の道具の有り様を持って社会の態様を説明する。
道具の進歩とは、弁証法的に自然を改変し距離感を遠ざける行為であると共に、より深い理解を持って自然の懐に飛び込む行為でもあるのだろう。
寝そべった大地との一体感を感じながら、暫し漫然と天を眺める。
社会の変化を発展と捉える時、果たしてそこには、このフラタクルを越える美しさは存在するのだろうか?
#恐らくこの問いの本質は、美にも社会にもない。
#人間の起源に関わる問いなのであろう。
※
『cut into the sky/ ..』
切り抜かれた風景。二つに分かたれたものは現実?或いは…
このカテゴリのコンセプトは構想から約20年越しに実現されたものである。
当時出逢った忘れられない本がある。
恋愛感情を綴った詩に1枚の写真、そんな構成の作品が最初から終わりまで続く。
奇を衒ったところは一片もない。
相手を思う事しかできない寂しい時間、不安で押しつぶされそうな心、言葉も仕草もいらない…ただあなたがいるという事だけで昂揚を抑えられない気持ち。
言葉にすればありきたりだろう。
恐らく、誰しもがこんな感情を抱いた事があるのではないだろうか?
だが、ボクは著者である女性の恋愛観に共感し、この本を繰り返し読み返しては、繰り返し涙を流した。溢れる涙を堪えきれた記憶はない。
「あなたという存在は、嬉しさと一緒に、切なさも運んでくるんだね?」
そんな共感を同じように持ってもらいたく、そして、そうする事で自分の気持ちも知ってもらいたく、当時お付き合いしていた女性に、その本をプレゼントした。
そうして、その本は今、我が家に2冊ある。
話が随分と迂遠になったが、この本との出逢いから、写真と文章をセットにしたコンテンツを作りたいと思うようになった。
当時綴っていた日記の中で、試みとして映像を意識した文章も書いてはみたが、結局形にならなかった。
頭の中では映像と言葉が漠然と関連付けされていたが、いざそれを形にすると思うようにはならなかった記憶がある。
今思うに、頭の中と現実に僅かだが決定的な乖離があったからなのだろう。
そして時を経て、再び文章を書く機会を得られた事を受け、今、この20年来の企画を現実のものとした。
但し、コンセプトは「共感できるもの」ではなく「共感できないもの」…理想としては「何でこの風景からこの発想に至った?」と疑問を抱くようなもの。
風景の中に意味なんてものを探そうとすれば、必ず考える事になる。
当然だ。そもそも風景に意味なんてないのだから。一見それが瞬間のインスピレーションとして思考の外から降ってきたものに見えたとしても、発想として表出する事自体が、既に思考から逃れられない事を意味するのだろう。
そして、そうして得られた思考は、何らかの着色を避けられない。
だったら、敢えて抗うように、ただ見るだけでは到達し難い着想を探してみよう。そんな思いから辿り着いたのが「共感できないもの」のコンセプトだ。
勿論、如何に視点を変えようと、如何に斬新さを張り巡らそうとしても、結局は同じだ。唯物史観に塗れた我が身の如く、その歴史の延長線上にある思考は、決して無色透明にはなり得ない。
だが、そんな失敗が目に見えた虚しい抵抗であっても、結果的にそこに「共感できるもの」を感じる第三者が現れるのであれば、それはある意味「疎外された自己の表象的風景」になるのかもしれない。
気付く事さえできないものは存在しないも同じ、そこに懐疑の視線を向ける事など到底できない。当たり前の事だが、「見つける事で見つかる景色」がある…そんなものを目指して周囲の風景に目を凝らした。
この思惑がうまくいったかどうか、それはボクには分からない。
当時ボクを苦しめた現実との乖離、この溝が少しでも埋まったか?それもまた、答えの出る問題ではないのだろう。
ただ、代わりにこう答える事はできるだろうか?
その溝にナイフを入れて切り取ってみたなら、現実の持つ“意味の二重性”に気付く事はできるかもしれないと。
言う程に大層な話ではない。
恐らくは視点の違い程度の問題だ。
だけど世界が360度のホールなら、弧の角度を15度くらいにすれば、一人くらいは二重の意味が一致する人もいるかもしれない。
逆に言えば、残るカットは誰かの目に映ったボクとは違うものになるのだろう。
でも、15度だと相当切れ味のいいナイフがないと、フワフワのケーキみたいに崩れちゃうかも?
だからボクは、いつでもナイフを研ぎ澄まし、この世界に目を凝らす事を忘れないようにしたい。
いつか、誰かが繰り返し涙してくれる、そんな世界を切り取れるその日まで。
【関連】cut into the sky/ .. | マスキングの向こう側へ
※今のボクが形にする、今の世界の見え方。
