Principle Cubed - Everlasting Friendship(完全版)
[Chapter.III] Episode.1 <平穏>
 
 
「…懐かしいなぁ…これが5年前だもんなぁ…」
 
アルバムのページが捲られ、中学校の正門前で肩を並べる仲睦まじい親子の写真が現れる。
 
「これが中学の卒業式…、これが高校の入学式…で、あっという間に高校も卒業か…早いよね~、ホントに。…ってやだ、やっぱり私、小皺増えてるじゃない!」
「少年老い易く学成り難し。歳取るとこういう時に時の速さを実感するよなぁ。まぁ、学がないのは脳の皺が足りないせいかもしれないけど?」
「何それ!私への皮肉?ちょっとぉ~酷くない!?」
「いやいや、主役はママじゃないから!いちいちそんな皺の推移なんて確認しないよ!…でもまぁ、うん、確かに…」
 
卒業アルバムを囲んで談笑する声がリビングルームに響く。
豪快な笑い声を上げながら「記録による時間の非連続性と現実感覚の相関」について語り始めようとする父。それを絶妙な間でスルーした母が、隣の和室で座椅子に座る背中に声を掛けた。
 
「ねぇ、良かったらお婆ちゃんも一緒に見ませんか?成人式の時の写真、できたんですよ。」
 
丸まった背中が緩慢に起き上がるのを肯定の返事と捉え、冷めたお茶を代えようと立ち上がる母。
それとほぼ同時に、間延びした声が玄関から聞こえた。
 
「ただいまー!もういきなり雨に降られてびしょ濡れだよ~!」
「お、主役のお帰りだ!水も滴る何とやら…若いっていいねぇ!ママだったら今頃化粧が落ちて皺…」
「ォホンッ!?」
 
大雑把に靴を揃え、開いたままのリビングのドアから顔だけ覗かせると、アルバムで顔を隠すように縮こまる父と、雷を落としたばかりの母の睨む顔が視界に入る。
懲りない父が「ただいまゴリラ豪雨警報発動中」とぼそりと呟く。減らず口もここまでくれば大したものだと、半ば呆れながら感心した。
 
いつもの光景に自宅の心地良さを感じていると、ちょうどリビングに入ってきた祖母と目が合った。
再び「ただいま」と声を掛け「おかえり」と応える祖母の笑顔を確かめると、脱衣所に掛かっていたタオルを手に取って自室のある2階へ向かう。「温かいお茶いる~?」と聞く母に、濡れた髪を拭きながら「いらな~い」と背中で返した。
この会話を引き取るように、「お~い、お茶!」「伊藤園にでも行ってなさい!」「あちゃ~!?」…漫才のような父と母の掛け合いが階段にまで微かに響き、思わず口元が緩んだ。
 
 
* * *
 
大学生になったミライ。
 
かつて世界を救った少女は、今ではどこにでもいる普通の女子大生として、ありきたりの日常を過ごしている。
学校に行き、友達と遊び、美味しいものを食べ、そうして何事もなく1日を終えて眠りにつく。公私共に問題らしきものはない。
 
魔法界と繋がっていた頃は、人間界でも魔法使いや魔法の力が存在する事が受け入れられていた。
しかし今は、そんな記憶や知識自体がこの世界から完全に無くなったかのように、皆の記憶からすっかり消え去っているようだ。魔法の痕跡も消え去り、ミライ自身記憶こそ失っていないが、魔法の力は完全に消失した。
恐らくは<マザー・ラパーパ>により、再び世界が別たれた影響なのだろう。
交わる事なき二つの世界が相互干渉しないようリデザインされた…そういう事かもしれない。
 
<審判の使者>の脅威は消え去ったが、無論世界から争いが完全に無くなった訳ではない。至るところに糺すべき理不尽は存在するし、不平等に晒された救うべき弱者も後を絶たない。
それでも日々を適度な幸せの内に過ごすには十分すぎる平穏が、少女を再び世界の救世主に駆り立てる事もなく、平凡な女子学生でいる事を当たり前のものとした。
大切な記憶を胸の奥にしまい、手の届く範囲のささやかな幸せが自分の生きる世界だと言い聞かせるように。
 
こうして、一度はなくなりかけた世界は、まるで何事もなかったかのように平穏な日々を繰り返していた。
 
 
 
to be continued..