Principle Cubed - Everlasting Friendship(完全版)
[Chapter.II] Episode.5 <終わりゆく世界の果てで>
「…私たち…勝ったんだよね?混沌にも、<最後の審判>にも…」
「でも…みんなを護る事ができなかった…護りたい世界を、護れなかった…」
混沌により蹂躙された地球。
恐らく自分たち以外の生存者はいないであろう事を考えると、それは事実上の人類の敗北を意味した。勝利の余韻に浸るべくもなく、目を合わせる事さえできない二人は、押し寄せる虚無感に抗う術もなくただ肩を落とす。
変わり果てた星。かつての生命力に溢れた爛然たる輝きはもう戻らない。
やりきれない気持ちを望郷の念で埋めるように目的もなく視線を彷徨わせていると、地球を襲っている明らかな異変に気付いた。
「何…あれ?地球が…揺れてる?」
「まだ終わらないの?…これ以上、一体何が起こるって言うのよっ!?!?」
光の屈折異常のように地球の輪郭が激しくぶれる。不安定なホログラムのように映るそれは、実在感に乏しく今にも消えてなくなりそうだ。
この状況をあらかじめ予想していたかのように、<マザー・ラパーパ>が静かに口を開く。
「このままでは人間界と魔法界が衝突して、世界は完全に消滅します。」
「そんな…どうしてっ!?二つの世界は一つになろうとしてたんでしょ!!私たちは<最後の審判>に勝ったんじゃなかったのっ!?!?」
行く当てのない感情が怒声に変わる。
そんなミライを諭すように<マザー・ラパーパ>が語りかけた。
<アストラル・ゲート>で分断された二つの世界。世界が融合を始めた事で訪れた<最後の審判>。本来であれば緩やかな融合が進み、人間界と魔法界は元の一つの世界に還る筈であった。
しかし、混沌による地球の生命体の簒奪…アストラル体が吸収された事により、同じ構造体である<アストラル・ゲート>もまた消失した。それは、伸びきったゴムが縮み弾け飛ぶように、二つの世界の衝突を招く。
今、目の前で起こりつつある事態は、位相の異なる二つの世界がぶつかり砕け散ろうとする、終生間際の悲鳴であった。
「…この世界を二つに別けたのはラパーパ様の力ですよね?その創造の力でどうにかできないんでしょうか?」
理不尽な現実と己の無力さで、混乱と苛立ちを抑えられないミライに代わり、感情を抑えたリコが問いかけた。
「正確には、私一人の力ではありません。
世界を二つに別けるとは、世界の理を作り変える事を意味します。今ある世界を一度壊し、そして新たな世界を創り上げる。そのためには、創造の対となる力も必要不可欠でした。」
創造の対となる力…即ち<デウスマスト>の持つ有を無へ還す混沌の力。
かつて神話の時代、戦闘に勝利した<マザー・ラパーパ>は、無力化した<デウスマスト>の思念体を封じる際にその力の一部を自らに取り込む事で、世界の再構築を可能とした。
だが、完全な世界を創るには力及ばず、結果的に位相の異なる世界…現在の二つに別たれた世界が創られるに至る。
そして、極僅かでありながらも混沌の力を取り込んだ代償として、<マザー・ラパーパ>は永い大樹の眠りにつく事となった。
「…では、混沌が消滅した今、私たちは世界の滅亡をただ指を咥えて見ているしかないと?」
「いいえ、混沌の力は消滅していません。混沌とは云わばこの世界の理そのもの。神が与えた<最後の審判>という役割は終えましたが、その力はこれからも世界を構成する半身として還流し続けます。」
「じゃ…じゃあ!世界は…世界は元に戻るの!?みんなは?混沌に呑み込まれたみんなも生き返るの!?ねぇ!!!!」
一縷の希望に興奮を抑えきれないミライが、矢継ぎ早に言葉を浴びせかけた。
そんなミライを一瞥した<マザー・ラパーパ>が静かに答える。
「地球の人々は、混沌に呑み込まれて尚果てる事なき強き思いを残し、見事に混沌を退けました。この思いの力は魔法の力そのもの。これを媒介にすれば、人間界も魔法界もほぼ元通りにできるでしょう。」
人間だけでなく、あらゆる動植物、海や大地、そして太陽…生命に属するもの・生命の力を宿すものは、全て元に戻せる。
そう告げた後、僅かに目を伏せた<マザー・ラパーパ>は、どこか悲し気な表情で続けた。
「但し、消滅に向かう二つの世界…この衝突のエネルギーを消す事はできません。これをなかった事にするには世界そのものを無から再構築する必要がありますが、それは今とは異なる完全に別の世界を創る事を意味します。
貴方がたがこの世界の存続を望むのであれば、回避する方法はただ一つ…」
…人間界と魔法界の位相を、完全に分離する…
「そ…それってつまり、二つの世界を行き来できなくなる…って事ですよね?」
「そんな!!じゃあ、私達、離れ離れになっちゃうの?もう二度と逢えなくなるって言うのっ!?!?」
闘いの最中にも見せる事がなかった程の悲痛な表情。
これを選択肢と呼ぶには余りにも残酷だ。
その事実は、<デウスマスト>を退ける程の絆の力・思いの力を眼前で見てきた<マザー・ラパーパ>自身が一番よく分かっていた。
世界を救った英雄に惜しみない賞賛が贈られる代わりに、現実に与えられたのは絆の分断を余儀なくされる無常な宣告。
だが、<マザー・ラパーパ>は同時に、この二人であれば…この二人だからこそ、この試練にもきっと乗り越えられる。そう確信していた。
「私はこれから残った力の全てを注いでこの世界を再生します。恐らく、これが終われば私は<デウスマスト>と完全に一つになり、この世界に再び姿を現す事はないでしょう。
これからは本当の意味で、貴方たち人間が自らの手で世界を作っていく事になります。そこに神の加護はない。
でも貴方がたは、絆の力を持って神にも勝る奇跡を幾度も見せてくれました。神の与えた最大の試練…<最後の審判>を退けた貴方がたならきっと大丈夫。そう信じています。」
そう言い、背を向けた<マザー・ラパーパ>。
言葉を失った二人の惜別の視線を受け止めると、緑光の粒子となり宇宙の彼方へ飛び立った。
『どんなに世界が隔たれようとも、また逢いたい…そう強く願う心が途切れなければ、再び奇跡は起こります』
…忘れないで下さいね…
現れた時と同じようにオーロラの揺らめきだけが、名残を惜しむように残された。
* * *
間もなく完全に別たれる二つの世界を背景に、真っ暗な宇宙に残された二人。
ミライの胸の中には、エメラルドの装飾…<マザー・ラパーパ>の加護を失ったからか、眠るように沈黙するモフルンが抱かれている。
「サヨナラ…だね…」
残された時間は残り僅か。掛けるべき言葉は尽きぬ程ある筈なのに、何故か言葉を紡ぐ事ができない。
リコも同じ気持ちなのだろう。ミライの言葉に応えず目は伏せられたままだ。
恐らくは、永久の別離になる。
そんな予感が現実を否定し、二人の間を終わらぬ沈黙で埋め尽くす。
世界の命運を左右した当事者として、到底受け入れ難い現実を何度も乗り越えてきた。それでもこればかりは耐え難い。
お互いを大切に思う気持ちが時間を止めさせ、二人の間の距離を縮める事を拒んでいた。
『また逢いたい…そう強く願う心が途切れなければ、再び奇跡は起こります』
唐突に蘇ったラパーパの言葉が、胸に何度もこだまする。
思春期の学生が先生に説教されたような気分。
何の覚悟も決まらぬまま、ただ急く気持ちだけが訥々とミライの口を開かせた。
「ねぇ、リコ?…私ね、出逢ったのがリコで、本当に良かったって思ってる。
この広い世界で二人が出逢うってだけでも奇跡なのに、私達、住む世界まで違ってたんだよ?
運命があるなら、きっとこれがそうだよね?」
今を逃せば話す機会は二度と訪れないかもしれない。
同じ思いを胸に、リコも言葉を選ぶように静かに口を開いた。
「私も…私も、ミライと友達になれて本当に良かった。
一緒に<最後の審判>を闘う事が運命だったんじゃない…出逢う事が運命だった。
きっと、ミライだったから…この奇跡の連続が生んだ魔法のような出逢いだったからこそ、世界を救えたんだと思う。
私たちが出逢った。これ以上の奇跡なんてないよね?神様に感謝しないと!」
「運命だったら…運命だったら、きっとまた…」
『…逢えるよね?』
誰に向けられたものでもない、縋るようなミライの問い。
数秒の沈黙の後、返答の代わりにおもむろにステッキを振るうリコ。
「キュアップ・ラパパ!私たちは、絶対にまた出逢える‼
…これでもう、大丈夫!」
「…リコ…ありがとう…」
最後にそう言って手を握り合う。無限に引き延ばされた見つめ合う時間。瞳から溢れ出た涙が無重力を舞う。二人を縛るものは何もない。
宝石のように涙滴の形を維持した友情の欠片が、泣きながら笑顔を浮かべる二人を取り巻き、キラキラと至上の輝きを放った。
二つに別れゆく星の背後から、徐々に姿を見せ始めた旭光。世界の夜明け。
遮るもののない強い陽射が眩ゆく世界を照らし出し、二人が取り戻した平穏な日常を実感させた。
そして、二度と取り戻す事のできない失われゆく日常…二人のいない日々もまた…
世界は続く。
だが、二人にとってはこの世界…二人が一緒にいる事ができる世界が失われる。それは、紛れもなき“この世界”の終わりを意味した。
『…モフルン、短い時間だったけど、ミライとリコと一緒にいられて本当に幸せだったもふ…
二人の事、ずーっと忘れないもふ…モフルンの心は、いつでも二人と一緒もふ…』
声にならない最後の声。
ミライに抱かれたモフルンの碧き瞳が、微かに瞬いた。
それぞれの世界に還り行く時。
重力に引き寄せられるように、互いの身体が徐々に引き離される。
握り合った手が滑り抜け、最後に残った指先が別離を惜しむように、ゆっくりと、ゆっくりと、離れた。
…… サヨウナラ ……
落下するように二人の身体が引き離されると、そこに残された涙だけが、二人が出逢った最後の痕跡となった。
to be continued..
