Principle Cubed - Everlasting Friendship(完全版)
[Chapter.II] Episode.4 <審判>
慈愛の象徴のような柔らかな微笑み。
神話の世界に存在した創造の女神…<マザー・ラパーパ>がゆっくりと頷く。
「心を繋げたいと強く願うものが二つの世界に現れ、その思いが途切れる事なき一つの形を成した時、奇跡は必ず起きる…かつて私が残した言葉です。
あなた方は魔導書の封印を解き、命に宿る3つの力を手に入れました。そして今、命を…思いを繋げる事の尊さを理解しました。
今この瞬間から紡がれる歴史、その全てがあなた方の…この世界にとっての奇跡の始まりです。」
互いを思う絆が生み出す奇跡の力、繋いだ手から紡がれる魔法の力、そして生きる幸せを知り皆と共に生きたいと願った生命の力。
<Principle Cubed>…生命の根源たる3つの力。
そして<Astral Stream>…途絶える事なき人の歩み、連綿と紡がれる思いの歴史。
<Principle Cubed/ Astral Stream>…真のプリキュアが手にする資格。
その全てを心から理解した三人が、エメラルドの中で大樹の眠りに付く<マザー・ラパーパ>を再びこの世界に呼び戻した。
「…その理解に一体何の意味がある…
…認識は世界を変えない…あるのは変わる事なき争いの歴史のみ…」
目の前で起こった奇跡の余韻が消えぬ内に、明らかな否定を込めた声が冷ややかに響く。
神々の問答。
「認識が変われば世界の見え方が変わります。世界の見え方が変われば、人間は如何様にも自分を変える事ができます。」
「…変わった先が在るべき姿である保証はない…正しい方向へ向かっている保証もどこにもない…
…歴史において、過ちは決して糺す事ができぬ…」
「絶対的な“在るべき姿”なるものがあったとして、そこに到達する事は生命の均質化を意味するでしょう。そうなればもはやそれは現象であり、本質において無と何も変わりません。」
「…真理を阻み、無の存在を否定するか…
…虚無こそが永遠の安寧…混沌こそが不変の秩序…それこそが不完全に対する唯一の是正…」
「否定するのは“絶対の無”です。絶対の生もまた同じでしょう。
必要なのは生と死の狭間の揺らぎ。それこそ主なる神が個の生命に課し、種という大義に与えた可能性という名の真理と言えるでしょう。」
「…その揺らぎが一体どれ程の悲劇を招いた…<最後の審判>の意味を忘れたか…
…可能性こそが真理と言うならば、生命は神の過ちであり、神の罪そのもの…」
「生命があるからこそ破壊が起こった。生命自体が犠牲を必要とするデザインとなっているのです。そこに何らかの意味があるならば、神が模索したのは生命の持つ可能性そのものなのでしょう。
そして、その評価には無限の時間を要した。」
「…評価を待てるだけの無限の資源がどこにある…
…暗に全てが人間のためと仄めかせる世界観…それこそが犠牲を正当化するために獲得した利己的な思考形式に違いない…」
「視点の問題です。“有限の世界それ自体”が可能性を促すための制約となりえる。無限に評価が終わらないのであれば、その事自体もまた可能性が顕在化した一つの形です。」
「…無限の時間は不確定性以外を生み出さない…可能性は終わりなき絶望を正当化する戯言にすぎぬ…」
「その認識は必ずしも間違いではありません。ですが、それこそあなたが否定した世界の見え方の問題でしょう。
可能性とは、確率で分岐するだけのあらかじめ用意された選択肢などではありません。困難を切り開こうとする者の前にのみ立ち上がる、無限の未来なのです。」
「…虚無の可能性さえも退ける可能性があると言うか…
…断言しよう…今ここにあるのは残酷な選択を強いられた絶望のみ…
…今こそ審判の時だ…」
「自ら可能性を切り開いた者は、決して己に絶望しません。可能性の選択の果てにこそ訪れる幸福がある。
人はもう私たちの加護を必要としません。人を測るものはなく、もはや神でさえも裁く事はできません。
役目を終えた私たちは退き、後は残された人類に任せましょう。」
確かに人間は醜いかもしれない。
<最後の審判>を迎えるには余りにも幼く、余りにも時間が足りなかったのだろう。
尽きる事なき欲望は一人で抗うには強大すぎる。どこまでも拡張し、際限なく増殖し、それが自らの意思であったのか自分自身でさも分からなくなるほど肥大化した時、支えきれなくなった自重に圧殺される。
そんな結末が訪れる前に、見失った自己を現実の道に引き戻す。それを可能にするのが『他者』の存在なのかもしれない。
他者の言葉は道を糺す善意ばかりではなく、羨望・嫉妬・非難の色も混じる。時には敵対する存在を世界から抹殺しようとする、強烈な否定の意思を帯びる事もあろう。
だがそれは、自身の修正を促す力であると同時に、他者自身が歩む自分とは異なる道でもある。そこに過ちがあるのなら、同様に『他者』により然るべき修正の洗礼を浴びる事になろう。
仮に、常に正しくあり、一片の否定の余地すらない完全無欠の存在があったとしたら、それはきっと生命の停滞に他ならず、創造の神の言う「生命という現象」に成り下がる事を意味する。
もはやそこには、自分と他者の区別さえも必要ない世界が待っている筈だ。
完全無欠の“個”という現象でない限り、総じて人は、他人との集合体である。
他者による否定の意思に一定の意味を見出すなら、“停滞なき相互作用”が求められるものであり、それこそが可能性の源泉になるのだろう。
否定の持つ負の側面だけを見ていたら、人はきっと共に生きる事を望まない。どんな欠陥があろうとそれを愛する人間らしい心があれば、例え小さくとも、その先に続く幸せを必ず分かち合う事ができる。
『他者』とは、そんな可能性を内在させるための、集合体としての有機的デザインなのかもしれない。
* * *
『他者とは、人を否定するだけの存在ではなく、人に秘められた可能性を無限に引き出す存在である』
導き出された一つの結論に賛同するかのように、混沌に食い荒らされた地球から小さな光が浮かび上がる。
徐々に数を増し、世界を埋め尽くすほどになったそれは、人々の残した思い…消える事なき心の輝きだった。
明滅する淡い微光。
若い人影を象った2つの光が、少しずつ距離を縮めながら邂逅を果たし、1つの影となる。
「酷い事言ってゴメン…。ホントは、なんでもできて、いつもみんなに囲まれてるキミが羨ましかっただけなんだ…いつの間にか自分と比べて惨めな思いをするようになってた。卑屈な自分を誤魔化すために、人を非難するなんて間違ってた…」
「ううん…こっちこそゴメン。優越感に浸りたいって思いも、心のどこかにあったんだと思う。多分、自分の上とか下とか、無意識にそういう発想に囚われていて、キミを一人の人間としてちゃんと見れてない…いつの間にか傲慢になってた自分に気付けたよ…」
本来、人と人は単純な比較などできず、そこに“人として”の優劣など付けよう筈もない。
だが現実の社会はそれを要請する。それが全ての価値観であるかのように振舞う。
ぶつかり合う個は分裂と集合を繰り返し、やがて対立する階層を生み出す。そしていつしか階層と言う概念のみが支配的になり、そこに確かにある筈の“個”の存在を亡失する。
そんな社会的発展にある矛盾を克服しようと、個の絆を取り戻した小さな光が、童心に返ったように屈託なく駆け回った。
今まさに消え去ろうとしている微かな燐光。
悲しみに、そして感謝に濡れた2つの光が、寄り添い1つに重なる。
(…こうして手を取ってもらい、貴方に見守られて去ってゆく人生。それは、これ以上望むべくもない幸せなものでした…私の思いは最期まで変わりません…変わらぬ思いを抱かせ続けてくれた貴方…そんな貴方を愛するという事が私にとって何よりの幸福でした…)
(…最期まで共にある…例え絶対なんて存在しなかったとしても、それを求める“意思”を行動を持って示し続ける事はきっとできる…この人生は、キミと共に絶対の幸せを証明する人生だった。そう断言できる自分が…そう思わせてくれた貴方が、何よりの誇りです…)
例え言葉を交わし合う事が叶わなくとも、握り合った手を通して伝わる思いが確かにある。
そして、終わりの瞬間まで変わらぬ思いを表明し続ける事で、叶える事ができる絶対性が確かにある。
弱々しくも眩く共鳴する二つの光は、悠然とそれを証明した。
無数の光が、無限の色調に染まりながら絶え間なく生起する。
喜びに溢れる光もあれば、悲しみを湛えた消え入りそうな光もある。
だが、そのどれもがこの世界に二つとない唯一無二の色彩を帯び、何れもが他の光を仄かに照らす優しさに満ちた光であった。
光が光を照らし、繋がり、果てしなく広がる虹色の懸け橋。繋げられた光はやがて一つの輪となる。
そして、世界を満たした希望の輝きは、混沌の影を掻き消すように照らした。
「地球のみんな…ありがとう!」
「私たちに力を貸して!このまま押し返すわよっ!!」
「世界は明日も続くもふ!!」
「さあ、審判の時は終わりです。」
人の持つ可能性を疑わぬ迷いなき8つの瞳。心を重ね合わせた4つの声が調和のとれた1つのコーラスとなり、永遠の虚無を追いやる最後の魔法を詠唱した。
「キュアップ・ラパパ!混沌よ…」
「あっちへ行きなさいっ!!!!」
人々の思い、繋げられた希望、一つに集約された願い…その全てを託された光のリングが、一瞬で同心円状に広がり世界の地平を拡張する。
光に貫かれた混沌の身体は、心に巣食う邪心が洗われるように徐々に光の中に滲み、そして一片の染みも残さず完全に消え去った。
「……… …… … … … … !!!!」
最後に発した混沌の声なき怨嗟は、誰の胸にも届かなかった。
例えそれが、この世界のバランスを取ろうとする神の意思の代弁であったとしても、もはや人類にその言葉は不要なのだろう。
人類の存亡を掛けた<最後の審判>。この瞬間迎えた人類史という壮大なスケールの転換点は、その場に居合わせた人間には気付けない…その事実を裏付けるように、その幕引きは実に呆気ないものであった。
音も空間も時間さえも途絶えた広大な宇宙の中、英雄たちの姿だけが取り残されたようにポツンとそこにあった。
to be continued..