Principle Cubed - Everlasting Friendship(完全版)
[Chapter.II] Episode.3 <聖母>
生死をかけた戦も、終わってみれば、どこか虚しさに似た寂寞感だけが胸中を占める。
そんな古き真理を証明するかのように、どこか演劇の舞台を思わせる空々しい空間が三人を包んだ。
「終わった…の?」
「私たち、護りきったんだよね?この世界を…」
「………っっ!?!?」
勝利を確かめ合い安堵の息を吐きかけた瞬間、心臓を捕まれるようなプレッシャーに凍り付く三人。
未だ終わらぬ戦いを直感し、憎悪を浴びせられた方向に反射的に首を向ける。
はっきりと解る、時空が歪むほどの存在感。全身から冷汗が噴き出す。
「…我は混沌…」
「…始まりにして終わりなるものなり…」
突如何もない宇宙空間に現れたひび。その隙間から滲み出てきた歪な黒き塊。それが巨大な一つ目を持つ頭部の形に変わると、無造作に強烈な悪意を迸らせた。
それを悪意と呼ぶのは不適切かもしれない。
言うなれば、全てを拒み原初の姿へと戻そうとするバランサー…神の持つ否定の意思そのものを顕在化させた存在。
それが今、世界の中立意思として消滅を決定した、そういう事なのだろう。
その決定が命あるものだけでなく、この世の全ての創造物…空間や時間を含めた世界そのものの消滅である事を本能的に悟り、戦慄する。
「あ、あれも…混沌なの!?」
「なんて大きさ…一体どこまで大きくなるつもりっ…!?!?」
既に視界いっぱいに広がり、宇宙を埋め尽くすかのような様相を遂げながらも、闇の伸張はまだ終わる気配がない。
辛うじて判別できる宇宙の闇との境界線、その内側で巨大な悪性腫瘍が不気味に蠢いた。
「…終わりなき混沌こそ、永遠の安寧…」
「…生命に穢されたこの地に虚無の秩序を…」
「…我こそが、この世界を統べるものなり…」
刹那満ちる真空の静寂。
それが侵略の狼煙となった。
宇宙を埋め尽くした混沌が全てを無に帰す隕石と化し、圧倒的質量を持って押し迫る。
絶望を覚悟に変える間も与えられず、喫緊の危機が、反射的に三人に魔法の盾を張らせた。
全てを塗りつぶす黒き波動と、全てを照らす金色の盾の衝突。世界を二つに割る衝撃波が激しく吹き荒れた。
「…くっ!!お…重い…っっ!!」
「なんて力!?…近くにいるだけで、命が…吸い込まれそうっっ…!!」
か細い両手を突き出し全力で押し返す三人。
策を弄する必要はないとばかりに、ただ世界に落ち続ける混沌。無機質な光を放つ視線が、品定めをするように無遠慮に纏わりつく。
「リコ…!!ここを突破されたら、世界が…なくなっちゃう!!今ここで全力を出し切るよっ!!!!」
「言われなくても…やってるわよっ!!絶対に…絶対に負けられないんだからっ!!!!」
気味の悪い視線を振り払うように軽く頭を振り、持てるだけの力を込める。
拮抗する力と力。
衰える事なき衝撃波はどちらの優勢も告げず、持久戦の様相を呈し始めた。
「…お前たちは、一体何を護っている…」
終わりの見えない消耗戦が続く最中、突然投げかけられた言葉。
「…科学も魔法も唯一絶対の真理には到達できず、この世に永遠不変なるものが存在しないと暴いた…」
「…人間が如何に愛や友情を口にしようとも、それは決して不滅のものには成り得ない…いつかは必ず他者に否定される…」
否定の言葉に気を取られた一瞬だった。
いつのまにか混沌の目玉が閉ざされ、闇と同化している事に気付く。辛うじて正常を保つ精神に、何が起こるか予想もつかない不安が追い打ちを掛ける。
「…お前たちが護ろうとするものが、いつか必ずお前たちを否定する…」
「…そして、この世界そのものが、不完全な人間を拒否し続ける…」
疲弊する精神、畳みかけられる言葉、神に準じる否定の意思。
思考停止に陥り、一瞬の隙が生まれたその時だ。
唐突に開かれた巨大な瞳。その中に浮かび上がる無数の小さな眼球。おぞましい光景に息を飲んだ瞬間、全ての眼球が一斉にぞろりと動き、凍える視線を浴びせかけた。
嫌悪に満ちた悪寒が全身を巡り、一瞬で肌が泡立つ。
「…永遠に許容されない存在…それがお前たち人間に刻印された贖う事叶わぬ原罪…」
「…否定こそが生命の本質…否定をも呑み込む混沌こそがこの世界の真理なり…」
「…我は混沌…罪に染まった生命を虚無の秩序に帰すもの…」
「…罪は我が力なり…今こそ我を受け入れよ…」
人類に対する静かな最後通告の言葉が消えぬ内に、全ての眼球からざわざわと触手が伸びた。
ただ混沌を押し返す事しかできない三人を尻目に、異常なスピードで伸張したそれは、木の根が這うように背後に佇む地球を覆い尽くす。
蹂躙される星。傍観するしかできない三人。
微かに残されていた命の灯が背後で次々と消えゆくのを感じ、三人の表情が苦悶に歪む。
生命の力を簒奪した闇が一層圧力を増した。
「そんな!もう…どうにもならないの!?」
「押し…切られる!?このままじゃ、世界が…!?!?」
神に類する存在に反旗を翻した無謀が圧し掛かり、抗い難い諦観が襲い掛かる。
どれだけ拒否しても、現実の色を増し続ける破滅の終焉。なす術のない己の無力さに、思わず瞼を閉ざした。
光も消え、音も消え、何もかも諦め、全てが静止した瞬間、それは唐突に耳に届いた。
「… ダメもふ…」
「…えっ!?」
同時に目を開くミライとリコ。
「…ケンカもいっぱいしたけど、モフルンは毎日笑えて幸せだったもふ…」
回想するようなか細い声が続ける。
「…確かに人間は弱いもふ。弱い自分を守るために他人を傷つけるもふ…
でも、正反対の性格のミライとリコが、お互いの弱さを補うように助け合うのを見て思ったもふ。
弱い二人だから強くなれたもふ。二人だからこそ、一人一人より強い力を出せたもふ。」
俯いたモフルンが木訥と呟く。
「ケンカしたら仲直りすればいいもふ。誰かがダメって言ったら、みんなが楽しくなれる答えを探せばいいもふ。
正しい答えに辿り着けないから、正しい答えを探して、ずっと歩き続ける事ができるもふ。
諦めさえしなければ、ずっとずっといつまでも、前に向かって歩き続けられるもふ。」
先刻までの破滅一色に染まった世界から隔離されたような感覚。不思議と時が止まったような空間で、モフルンの素朴な言葉に聞き入る二人。
そして、過去の記憶に思いを馳せていたモフルンの碧き瞳が、未来に向けた力強い輝きに彩られた。
「今ならモフルンも何となく分かるもふ。
否定される事が人間の本質なら、世界の終わりを否定する事ができるのも、きっと人間だけもふ。
絶対がないなら、絶対の終わりもないもふ。
だから、それが単なる先延ばしであっても、終わりを迎えるその瞬間まで否定し続けるもふ。間違っていても、遠回りでも、人はお互いを否定できるからこそ、前に進めるもふ。」
モフルンの純粋な言葉が、二人の胸の隅々までゆっくりと染み渡ってゆく。
「世界がなくならなければ、人は何度でも良くなれるもふ。世界がなくならなければ、そんな否定の中にあっても、人は小さな幸せを見つける事ができるもふ。
きっと、否定が本質なんじゃなくて、それこそが生きる本質もふ。そうやって人は今日を生きて、明日に続くもふ。ずっとずっと続いていくもふ。
だから、ダメもふ…」
震える声に力を込めるモフルン。
魂の叫び。
「絶対に、この世界を壊しちゃダメもふっ!!
壊しちゃダメもふーーーーーっっ!!!!」
叫ぶのと同時に、モフルンの胸元のエメラルドが強烈な輝きを放ち、一瞬で世界を淡く染め上げる。
思わず目を瞑る二人を、カーテンのような柔らかな風が撫でた。
「…今のは一体?」
目を慣らすようにゆっくりと瞼を開くと、視界の片隅で緑色の微風が光に揺れた。
背後に視線をやると、木の葉で編まれたような神秘的なドレスを身に纏った柔和な表情の女性が目に入る。
どこか温もりを感じる郷愁感。
きっと、生命そのものの記憶として刻まれていたのだろう。混沌に引けを取らない程大きなその姿を、ミライとリコは直感的に理解した。
「あなたが、<マザー・ラパーパ>…なのね?」
to be continued..