Principle Cubed - Everlasting Friendship(完全版)
[Chapter.II] Episode.1 <混沌>
 
 
『墜落した宙の天蓋』
 
仮に遺伝子の記憶というものがあったとして、それでもかつて繰り広げられた神々による戦の記憶は、忘れ去られて久しいのだろう。
悪意ある災厄…天を覆い尽くした絶命の王の脅威を目の当たりにして、初めてその危機感が不十分であったと気付かされる。
<デウスマスト>と呼ばれる絶対的暴力の権化を前に、人類の力は余りに無力であった。
 
転移魔法を詠唱していた魔道師は、開いたままの口を閉ざす事も忘れ、呆然と天を仰いだ。
魔法障壁を張る魔道師は、振り落とされた掌の圧倒的質量を前に、一人また一人と膝をつく。
そして、震える身を寄せ合う事しかできぬ人々は、祈るべき神の姿も分からず、ただ己の身を強く抱きしめた。
 
…世界が終わる…
 
誰もがそう覚悟し固く目を閉ざした瞬間、時間が止まった。
それはそう形容するのが相応しい一瞬の出来事であった。
 
音もなく立ち上がった極大の光の矢が、世界にのしかかる闇を貫き、天をも引き裂いた。
今まさに星を握り潰そうとしていた混沌の右腕が、後方に弾け飛び奇妙な方向に捻じ曲がる。
 
金属が拉げるような不快な響き。意志とは無関係に宙を舞う右腕が、その主を地球から強引に引き剥がそうとする。
すかさず左腕を虚空の宇宙空間に突き立てて堪える混沌。右腕と左腕の終わりなき反目。ギリギリと異音を撒き散らしながら、行き場を失った力の奔流が更に激しく右腕を駆け巡り、筋繊維を引き千切るように搾り上げる。直後、轟く断末魔の咆哮。
とうとう肩口から捻切れた右腕は、宇宙の彼方へ解き放たれた獣の如く踊り狂い、そして、塵となり消えた。
 
地球から遠く突き放された混沌が、隻腕となった姿を人々の前に晒し出す。
異空間に繋がる渦のような円盤。その中央から人の上半身によく似た闇のシルエット。その巨躯は地球から遠ざかって尚、呼吸が苦しくなる程に大きい。
 
一方、混沌を貫いた一条の光は、徐々に細くなり、宇宙の端から垂れる蜜のように地球に降り注いだ。
黒煙交じりの雲海が渦を巻きながら吹き飛び、ついで立ち上がった光のヴェールが、混沌の眷属により描かれた巨大な魔方陣を再構築した。
闇のくびきから解き放たれた地球の上、揺らめく神秘の光を縫うように、ゆっくりと浮かび上がる巨大な光球。
その中心には、虹色の光に包まれたミライ、リコ、モフルン…互いの手を取り合った三人の<プリキュア>の姿があった。
 
 
 
 
 
 
「何なんだこいつらはっ!?」
 
 
人の頭部に当たる部位が不気味に蠢く。古傷をこじ開けるように黒き体表が突き破られると、巨大な一つ目が現れた。聖像を髣髴とさせる無機質な瞳。
痙攣するように黒目がぐるりと一周した後、三人の姿に焦点が合わされると、複数の口調・声色が同時に響いた。
 
「人間風情が生意気に邪魔してんじゃねーぞっ!!」
「単純な魔法の力じゃないわね?ラパーパなき今、まだこれだけの力を持った存在がいるなんて。」
「面倒臭いなぁ。アンタ達、どうせ滅びる運命にあるんだから、早く死んじゃってよ?」
 
<憤怒><嫉妬><怠惰>…何れも聞き覚えのある声。
かつてミライとリコと死闘を繰り広げ、<デウスマスト>復活の礎となった混沌の眷属たち。不協和音のような耳障りな声に、苦戦を強いられた冷たい記憶が甦る。
だが、目の前の敵を倒すためではなく、大切なものを護るために戦う事を決意をした三人は、微塵も臆する事がなかった。
 
「満たされねぇんだよ…喰わせろ…餌…餌…餌ぁぁ…」
 
 
 
 
 
 
 
「早く喰わせろぉぉおおぉぉ~っ!!!!」
 
 
<暴食>のヒステリックな声が途切れる前に、千切れた右腕が生え替わるように再生した。
気を取られた僅かな隙を逃さず、振りかぶった左の掌が容赦なく打ちつけられる。
 
「永遠の輝きよ!綻ぶ事なき結合よ!我を守りたまえ!」
 
一瞬早く気付いたリコが呪文詠唱すると、輝く粒子が結晶構造を作り、ダイヤモンドの加護を受けた盾が生み出された。
激しい衝突音と共に、破裂した水風船のように飛散する黒い染み。衝撃で変形した左手から指の何本かが消し飛んでいる。
微動だにせぬ盾。その向こうから、ダイヤの輝きにも劣らぬ強き力を秘めた眼光が混沌を射抜いた。
 
「いいわ、貴方たち!この程度で終わってたら興醒めよ?さあ、もっと私を楽しませてちょうだい!」
 
背筋を這うような<色欲>の嬌声が響くと同時に、失った指の根本から無数の影が伸びた。蛇のように無造作に盾に絡みつき、力任せに締め上げる。
身動きができないところへ、先刻生え変わったばかりの右の掌が渾身の力で打ち据えられた。
 
パァァァーーーーーンッッ!!!!
 
突き破るような破裂音。世界を閉ざす巨大な壁に圧殺される三人。
 
 
 
 
一瞬の静寂の後、合掌の隙間から微かに金色の光が漏れた。
 
「生命の燃焼よ!深紅の劫火となりて、暗き闇を暴きたまえ!」
 
ミライの叫びと共に球状に膨れ上がったルビーの輝き。
刹那の閃きを認知すると同時に、混沌の両の掌が奇術のように蒸発した。
 
「ば、バカなっ…!?無傷だとっ!?!?」
 
一瞬仰け反る混沌の上体。その隙を逃さず弾丸のように加速したミライとリコが、間髪入れず蹴りを繰り出した。
槍のように鋭き一撃が混沌の胸を抉り、くの字に曲がった身体が流星の如く吹き飛ぶ。
追撃する三人。虹色に描かれた放物線。宇宙を駆け抜ける加速を遮るものは何もなく、後方に浮かぶ地球の影がみるみる小さくなった。
 
 
「…人間如き下等生物が…」
 
消失した混沌の両手から無数の腕が伸び、何もない虚空を乱暴に掴んだ。
網のように広がった腕が、吹き飛ぶ身体を留めようと足掻く。空間に穿たれる爪痕。
 
「…いい気になりやがって…」
 
無理な制動で、引き千切れんばかりに伸びた腕。大きく弓なりに反られた身体が軋む。
 
「…いつまでも…」
 
頭部の一つ目が、粘液の糸を引きながら真っ二つに割れた。
奈落の空洞に集まる漆黒の粒子。
 
 
 
 
 
 
 
「いつまでも調子くれてんじゃねぇーぞっっっ!!!!」
 
 
蹴り飛ばされた身体を強引に止めた反動で、勢いよく頭部が振り抜かれる。憎悪に割れた<傲慢>の言葉と共に放たれた巨大なエネルギー。
ブラックホールを思わせる闇の奔流が、空間そのものを穿ちながら怒り狂った龍のように迫る。
 
瞬時に状況判断した三人は、守るでも避けるでもなく一層加速度を増すと、躊躇なく黒龍の喉元へ飛び込んだ。
 
「深き瑠璃よ…輝く生命よ…」
 
呪文詠唱するミライの前に、ラピスラズリの粒子が螺旋を描きながら集まる。
その雫は流線型を象り、一瞬後には視界を埋め尽くすほどのイルカの群れに変わった。
 
「大河となりて我が道を開きたまえっ!!!!」
 
 
一斉に突進したイルカが光の速さで逆流する。
一本の刀剣と化した瑠璃色の輝き。切り裂かれる濁流。迸る闇の滴。
 
瞬きの一瞬で黒き瀑布の頂点に達した刃は、次の瞬間、混沌の頭部を貫き、塵一つ残さず消滅させた。
 
動くもののなくなった空間に、頭部を失った混沌の身体が弛緩して揺れる。
宇宙に静寂のひと時が満ちた。
 
 
 
to be continued..